□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校3年

ここから始めよう 3.


「今日子、まだ戻ってないの?」
野球部の皆との、大撮影大会から戻ってきた綾瀬は、顔触れを見て言った。
「鈴鹿もまだやな」
「琴も来ないわ」
学園演劇の主要メンバーが、教室には残っていた。
『せっかくだから、皆で飯食って帰ろうぜ』
楠本の誘いに、集まったのだ。
「どうしましょうか。3人を探しに行きますか?」
守村が言うのに、姫条が、うーん、と腕を組んだ。
「それも野暮って気はするが、今日ばかりは放って帰るんも、愛想ないしなぁ」
「俺、」
ずっと無言で、苛々した空気を辺りに振りまいていた葉月が立ち上がった。
「探してくる」
足早に教室を出て行く。
「えーっと、殿下はなんで、あんなに御機嫌斜めなの?」
綾瀬の問いかけに、全員が、さぁ、と答えた。



(冗談じゃない)
待っても、待っても、今日子は帰ってこない。
探しても、見つからない。
いつか、何かに取り上げられる。
そんな不安が現実になってしまったようで、珪は堪らなかった。
今日、伝えられなかったら、きっと、永久に失ってしまう。
自分を追い詰める考えばかりが浮かび、珪の不安を煽っていく。
とうとう、敷地の奥の教会の前まで来た。
ここに、今日子を連れて来る筈だったのに。
通り過ぎようとした珪は、朝よりも、扉が開いていることに気付いた。
(中に、誰か入ったのか?)
まさかな、と思いながら、扉が壊れていることも忘れ、両手で開いた。
ステンドグラスの光の下、祭壇の前に誰か居る。
「・・・今日子」
中に、足を踏み入れる。
動かなかった扉は、約束の場所で二人を引き合わせて、再び閉じられた。
「け、い・・・」
「ここに・・・いたのか」
歩み寄って行くと、今日子は椅子の上に置いた筈の絵本を胸に、抱いていた。
「・・・泣いてるのか?」
「・・・だって、わたし・・・」
自分を見上げて、ぽろぽろと涙をこぼしている今日子は、約束を交わしたあの日と、少しも変わっていないように見えた。
だから、わかった。
思い出したのだと。
「“姫、私はこの深い森を抜けてやってまいりました。
再びめぐり会うために・・・あなたを迎えに来たのです”」
王子が姫のもとに還りついた時、告げた言葉だった。
「その本のつづき、教えてやるって、約束したろ?」
うんと頷いて、また涙をこぼす。
「泣くなよ」
「うん・・・」
絵本を抱いたまま、両手で目を押さえる。
あの日と同じだった。
こうやって、一生懸命、涙を止めようとしてくれた。
「・・・珪、いつ、思い出したの?」
やさしい声は震えていた。
「入学式の日、教会の前で、おまえを見つけた時」
よほど思いがけなかったのか、涙のたまった瞳が大きく見開かれた。
「すぐわかった。おまえ、あの頃とちっとも変わってなかったから」
「そう・・・かな?」
再会の日を思い出そうとしているのか、遠くを見る瞳になる。
「ああ・・・あの頃と同じ、幸せそうな笑顔だった。まるで、この教会だけ時間が止まってるみたいだった」
失くした筈なのに、再び、この場所で与えられた。
「じゃあ・・・どうして、今まで?」
当然の問いかけだった。
「言い出せなかったんだ・・・俺は、あの頃の俺とは、違ったから」
少しも変わらない今日子に比べて、笑うことも出来なくなってしまった自分。
「このまま黙っているほうが、いいんじゃないかと思った」
そんなのはイヤだというように、今日子は強く頭かぶりを振った。
そう、いつだって、今日子はそのままの自分を受け止めてくれた。
「でもおまえは、やっぱり、あの頃のままで、笑ったり、怒ったりしながら、どんどん、俺の中に入ってきた」
“葉月くん”
無愛想な自分に、変わらない笑顔をくれた。
「あの頃のまま、俺が欲しくても手に入れられなかったものを、みんな持っていて・・・それを少しずつ、俺に分けてくれた」
“お誕生日、おめでとう!珪くん”
特別な日をくれて、
“俺、おまえ待ってるの、キライじゃないから”
待つことの楽しさを、もう一度くれた。
「でも、おまえと会うと、俺・・・どうしても上手く言えなくて・・・」
“珪”
名前を呼んでくれるやさしい声、大好きな笑顔を
「言葉にしてしまったら、また、おまえが俺の前から消えてしまうような気がして・・・」
失うことが、ずっと、こわかった。
「だけど、このままじゃ・・・このまま卒業してしまったら、永久におまえを失うことになる」
きっと、今までのように取り上げられてしまう。
失くしてしまう。
「俺・・・もう、おまえを離したくない。だから・・・」
離せない、失うことは出来ない。
「今日子、迎えに来たんだ」
長く、本当に長く、待たせてしまったけれど。
「わたし・・・」
黙って、告白を聞いていてくれた今日子が、震える唇を開く。
鼓動が早まり、自分のすべてが答えを待った。
「わたしも、珪を・・・」
こぼれる涙が伝えるのは、拒絶ではなかった。
「わたしも、心の中で、珪が来てくれること、知ってたような気がする・・・」
その笑顔は、涙で濡れていたけれど、充分だった。
「・・・今のこの気持ち、きっと俺、上手く言えないから」
この世で最も愛しい人に、受け入れてもらえたことの喜びを、
「きっと、言葉じゃ伝えられないから」
表わす言葉など知らない。
「これ・・・おまえに」
ポケットから、クローバーのリングを取り出す。
「きれい・・・」
ぽろっと、また涙をこぼしたけれど、いつものあの、大好きな笑顔を見せてくれた。
「わたしの、ために?」
「ああ」
王子が姫に捧げるように、今日子の前に片膝を付き、その手を取った。
最初から、その指にあるべきだったとでもいうように、クローバーのリングは今日子の左手の薬指にぴたりと嵌った。
「クリスマスに渡そうと思ったけど、間に合わなくて・・・」
「ううん・・・これ、クローバーだね」
「ああ」
デザインをクローバーに決めたのは、お話を思い出したからだった。
「旅から戻った王子は、何も持っていなかったけど・・・クローバーの指輪を姫に渡して、誓うんだ・・・
“あなたは、私の心の幸い”」
喜びのすべてを与えてくれるこの存在こそが、自分にとっての祝福そのもの。
「“ふたりは今、永遠に結ばれたのです”」
「永遠に・・・」
誓うように、繰り返してくれた今日子に、
「永遠に」
自分もまた、繰り返す。
求め続けてきた今日子と瞳を合わせた時、心を満たし、あふれた想いが、言葉というカタチになった。
「愛してる」
初めて、想いをちゃんと、言葉にすることが出来たと思った。
「俺たちの永遠を、ここから始めよう」
「・・・け、い・・・珪・・・」
名前を呼ぶ声は求めるようで、珪は立ち上がると同時に今日子を引き寄せ、抱きしめていた。
「珪・・・珪・・・」
名前を呼び続ける今日子を、固く抱きしめる。
「泣くなよ・・・ずっと、一緒にいよう。もう、離さない」
「・・・珪・・・」
泣きじゃくる今日子を抱きしめ、ステンドグラスを見上げる。
王子は、必ず姫のもとに還りつき、約束は果たされる。
そうして二人は、互いを永遠に得るのだから。



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