「放って帰るか。これが今生の別れという訳じゃなし」
志筑がついに裁決を下し、戻ってこない鈴鹿、葉月、日向琴と明日香今日子を置いて帰ることにした。
「なんかこう、盛り下がるなぁ」
がっかりした表情で、楠本が卒業証書の筒を取り上げる。
「ちょっと待って、メモ残してくから」
スケジュール帳の一枚を切り離し、綾瀬が書き始めた時だった。
教室の扉が開き、今日子を抱きかかえるようにして、葉月が戻ってきた。
ここにはもう、志筑、楠本、姫条、守村、有沢、綾瀬の6人しか残っていなかったが、一様にぎょっとした。
両手で顔を覆う今日子は、確かに、肩を震わせて泣いている。
「今日子っ」
真っ先に傍へ駆け寄ったのは綾瀬で、この馬鹿は何をしたと、葉月に詰め寄ろうとして、今日子の左手の薬指に光るそれに気付いた。
「・・・わ、たし」
震えを止めようとして、どうしても止められないのか、しゃくり上げながら、顔を洗ってくると、教室を出て行ってしまう。
その後を追うかと思われた葉月は、なぜか追いかけようとはせず、自分の席に向かった。
「葉月、ジブン、何したんや」
姫条の、非難を含んだ問いかけに、
「やっと、伝えられたんだ」
しんと静まった彼らに、葉月は幸いを得た喜びのまま言った。
「もう、俺のだ」
自分と、それから今日子の荷物を取り上げ、そのまま教室を出て行こうとして思いついたように足を止め、振り向いた。
「待たせて悪かった。俺、このまま、あいつと帰るから。じゃあ」
葉月が行ってしまってからも、しばらく、彼らは無言だった。
「・・・なんか、今、王子がいなかったか?」
そう感じたのは、俺だけじゃないよなと、楠本が同意を求める。
「いたな。ほんまに」
『私の妃だ』
シンデレラの舞台の台詞と、姫条には被って聞こえた。
「よかった、葉月君。本当に、よかったですね」
守村が、自分のことのように喜び、志筑は、
「だから、放って帰ろうって、言ったんだ」
イヤそうな口調で、でも、表情はそうでもなく言った。
「アリスに、何て、伝えましょうか」
有沢は、もらい泣きしそうになったのを隠すように、固い口調で綾瀬に問いかけた。
「“葉月珪は本当に王子で、姫を連れて行ってしまいました”
で、いいんじゃない?」
楽しそうに言って、綾瀬は携帯を取り上げたのだった。
- Fin -
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