□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校3年

スノードーム 2.


パーティーがお開きになる頃、今日子が気付いた時には、綾瀬の姿は消えていた。
一緒に帰る約束をしていた訳ではないが、このまま何も言わずに行くのもと思い、辺りを探してみた。
「お疲れ」
「あ、珪」
ツリーの下で、声を掛けられた。
「ね、美咲、見なかった?」
「綾瀬なら、氷室を追って行った」
「あ・・・そう。なんだ、そっか」
「おかしなヤツだな。なに、ニヤニヤしてるんだ?」
「なんでもなーい」
新しいドレスは、伊達ではなかったのだ。
「じゃあ、わたしたちも、一緒に帰ろう、珪」
3年目のクリスマスに、勇気を奮った綾瀬に触発され、素直に願いを口にしていた。
「なぁ、おまえ、これから少し、時間あるか?」
「今日は遅くなるって、言ってあるから大丈夫。でも、どうして?」
お茶に誘ってくれるのかなと、淡い期待を込めて訊いた。
「これから・・・海、行かないか?」
「・・・う、み?」
予想外の誘いに、すぐには単語がイメージを伴なってこなかった。
「でも、夜だよ?」
夜の海で、散歩でもするのだろうか。
「知ってる。・・・来いよ」
強引な誘いを不思議に思いながら、預けてあったコートを受け取り、外へ出る。
大通りに出たところで、運良くタクシーを捕まえられた。
車中での珪は静かで、今日子もつられて無口になってしまった。
パーティーのこと、急に引き出されたワルツのこと。
話すことは沢山あるのに、どうしてか言葉が出てこない。
海岸まで来ると、臨海公園が対岸に見える所で珪は車を停めてもらい、15分ほど待っていてくれるよう、頼んだ。
「どこに行くの?珪」
「すぐそこ」
言葉どおり、車からさほど離れていない近くの遊歩道で足を止める。
階段を下りれば浜に出られるのだが、そのつもりはないらしい。
「これ、着てろ」
コートを脱いで、肩に着せ掛けられて、今日子は慌てた。
「ダメ。珪が寒いでしょう」
「俺は大丈夫だから」
コートを返そうとする手を押し止とどめられる。
「また、おまえに風邪引かせたくないんだ。寒いだろうけど、すぐだから・・・少しだけ、付き合ってくれ」
「・・・だったら、だったらね、珪」
いつ渡そうかと迷っていたプレゼントの包みを取り出す。
わざと簡単にしてもらったラッピングのリボンを解き、マフラーを取り出した。
「これ、して」
背伸びして、ふわっと珪の首に掛けた。
「・・・・・」
カシミヤのマフラーに手を添えて、驚いた様子の珪に、追い被せるように言った。
「一輪挿しのおまけ」
用意してきた言い訳の、どれでもなかった。
「・・・おまけ?」
「そう。おまけ」
咄嗟に出たとはいえ、もうちょっと、他に言い様はなかったのだろうか。
「あ、ねぇ、夜の海って、思ったより明るいんだね」
恥ずかしくて、珪の気を逸らしたくて、無理矢理、話題を変えた。
「今夜は、月が出てるしな」
言われて夜空を仰ぐと、金貨のような月があった。
星の明かりを消すほどの、冴え冴えとした光。
「ほんとだ、きれいな月・・・・・珪、ここへはよく来るの?」
考えもなく問いかけて、また変なコトを言ってしまったと思った。
夜の海に来ることなど、そうある筈はないのにと。
それなのに。
「ときどき」
思わず見上げた珪は、やさしいけれど、寂しい瞳で自分を見つめていた。
(あ、この瞳)
以前、よく見た瞳だった。
見つからない何かを探しているような、届かない何かを求めているような瞳。
「遠くに、街の灯りが見えるだろ?」
「うん・・・」
深い緑の寂しい瞳が、街側のきらめく灯りの方へ向けられた。
「あの灯りの一つ一つに人が住んでいて、みんなそれぞれ笑ったり、怒ったりして暮らしてる」
月明かりの届かない、冷えた横貌。
「夜、目が覚めて、世界中で自分が一人きりになったような気がする時、ここに来てそう考えると、少し安心するんだ」
手を伸ばして、抱きしめたい衝動に駆られた。
独りではないと、傍にいると、伝えたい強い気持ちに心が震えた時、
「そろそろだ」
孤独の影は拭ったように消え、向き直った珪の顔に、楽しげな表情が浮かんだ。
「臨海公園の方、見てろよ」
促すように肩を抱かれ、一緒に、観覧車やタワーの灯りが煌く対岸へと目を向けた。
「わぁ・・・」
観覧車に、黄金(きん)色の光が灯り、クリスマスツリーが浮かび上がった。
白銀のようなライトを下からも浴びて、眩しいくらいに輝いている。
「きれい・・・」
「すごいだろ」
得意気な響きを声に感じた。
「ここから見ると、海の上に浮かんでるように見える」
「ほんとだ・・・」
なんて綺麗なんだろう、そう感じている気持ちを共有したくて、珪を見上げた。
(あ・・・)
半身に、観覧車からの光を浴びて、珪の髪が透けるように黄金色に輝いていた。
『けいくんて、王子さまみたい』
手を伸ばして触れた、柔らかな髪。
『ほら、髪がキラキラ。いいなぁ、わたしも、けいくんみたいだったら、いいのに』
(なに?・・・これ)
ある筈のない記憶。
けれど、鮮明に響いたのは、確かに自分の声だった。
「俺、去年見つけて、おまえに見せてやろうと思って」
ひゅるんと、声の記憶を追いかけようとした意識が引き戻された。
「去年て、去年のクリスマス?」
「ああ。おまえに黙ってるの、けっこう苦労したんだ」
「・・・もしかして、一年間、言うの我慢してたの?」
「ヘンか?」
子供のように、きょとんとした表情(かお)になって訊く。
「だって・・・珪」
笑ったのは、心を抑え込む為だった。
「ヘンだよ、珪・・・だって」
けれど、固く結んでいた筈の封印が解ける。
「ハハ・・・そうだな」
楽しそうに声を立てて微笑(わら)う珪への想いが、
「少し、ヘンかもな」
止めようもないほど溢れて、身の内のすべてを満たす。
「でも俺、おまえがそうやって笑うの見ていられるなら、それでいいんだ」
もう、閉じ込めることは出来ない。
「メリークリスマス」
このやさしい瞳を求めて、想う心を封じることは、きっと出来ない。
「俺、おまえがいてくれてよかった」
(どうしよう)
こんなにも
珪を
好きだった



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