期末テストを何とかクリアしたと思ったら、勉強を見てくれていた当の珪が、2科目もテスト中に眠りこけて追試を受けた。
『この時期に0点取るか?大物だな、葉月』
楠本は呆れて言ったのに、
『だろ?』
なぜか珪は照れ、居合わせた全員が沈黙した、そんな日々の中、今日子はせっせと受験勉強に励んでいた。
珪と離れたくない。
春からの4年間を、同じ大学に通うことで手にすることが出来るようにと、ひたすら勉強していた。
そんな今日子の気迫を感じたのか、珪も休日に誘ってくることはなかった。
ただ、前からの約束だったドンPONのライブだけは、鈴鹿和馬と日向琴の4人で行って楽しんだ。
クリスマスが近づいていた。
使う間がなくて貯まったバイト代で、新しいドレスを買うつもりだったが、
『あの、薔薇色のドレス着るんだろ?楽しみだ』
言われてやめた。
お財布にたっぷり余裕が出来たので、皆へのクリスマスプレゼントに、景気よく使うことにした。
アリスと、綾瀬、有沢、日向琴も加えて女の子5人で行ったショッピングは楽しくて、互いへのプレゼントをこっそり急いで買うのもゲームのようだった。
理事長主催のパーティーでの交換用には、カットの綺麗なガラスの一輪挿しを買った。
今年も珪と交換出来たらと、偶然を最初から期待しての選択だった。
そして、それとは別に、初めて珪へのクリスマスプレゼントも用意した。
テスト勉強を見てもらったお礼とか、心配を掛けたお詫びとか、山ほどの理由を付けて。
珪の瞳のように、深い緑のカシミヤのマフラー。
手触りのいいものを珪は好むから、きっと気に入ってくれるに違いない。
理事長の家、というよりお屋敷へは、父が車で送ってくれるというので、途中で綾瀬と日向琴を拾い、早めに到着した。
二階まで吹き抜けになっている広間には、見上げるほどのツリーが飾られていた。
「毎年思うんだけど、理事長のお家ってホテルみたい」
日向琴は、陽光を集めたような淡黄色のドレスをまとっている。
それは可愛いと大好評だった、シンデレラの妹役の舞台衣装と感じが似ていて、アリスがショップで見つけ、絶対これ!と勧めて買わせたものだった。
「あの階段なんて、まさにね」
二階へ通じる中央の階段を示す綾瀬のドレスは、白。
濃い、はっきりした色が似合う綾瀬にしては珍しい選択で、シフォンとレースのクラシカルなドレスである。
今年で最後だからと、ドレスを新調し、目一杯お洒落した二人に対し、今日子は去年と同じAラインの薔薇色のドレスにチェーンを付け替えたムーンストーンのペンダントだけを飾っている。
「よぉ、来たな」
最初に見つけ、声を掛けてくれた鈴鹿和馬が、皆はサンルームにいると教えてくれたが、その目は日向琴しか見ていない。
二人をそのままに置いて、綾瀬と今日子は庭に面したサンルームに向かった。
言葉の通り、葉月、楠本、志筑、それに姫条もいた。
「なんか、ものすごく目立ってない?」
「うん。ちょっと、すごいかも」
籐の椅子に、足を組んで座っているのは、志筑尚人。
勿体ぶった態度を嫌味に感じさせない優しげな風貌に、タキシードがピタリと決まっている。
小等部から生え抜きのはば学生で、成績は上位、スポーツも得意。他校の生徒が抱く、はばたき学園生のイメージそのままの優等生だが、中身はけっこう屈折していて、女子相手にも容赦なく辛辣な口をきく為、見かけよりはモテない。
キャンドルライトの灯りを受け、スチルの一枚のように立つ葉月珪と話し込む楠本真吾は、高等部からの入学組。
一年目には礼服を必要とする校風に仰天していたが、183センチの長身に、今ではアスコットタイも身について、様になっている。
物事の価値基準が、面白いか、つまらないかの楠本が、今、一番ハマッている対象が葉月珪で、同じ学部で楽しくやることに決めたと、滑り止めの他大学受験をすべて切り、クラスメイトのみならず、担任をも絶句させたばかりである。
この3人といると、役回りがどうしても兄貴分になる姫条まどかは、くだけたスーツ姿が十代にも素人にも見ない。
ガラス張りのサンルームは、庭のイルミネーションを楽しめるように灯りを落としていた。
氷のような蒼、火のような赤、雪の白、黄金、翠。
キラキラと輝く光を背に、彼らが居並ぶ様は壮観と言ってよかった。
綾瀬と今日子に気付いた志筑が椅子から立ち上がり、楠本たちに注意を促した。
近づいて、クリスマスの挨拶を交わすと、
「日向は?一緒じゃないのか?」
志筑に訊かれた。
文化祭以来、クラスの違う日向琴が、よく遊びに来ているのを見ていたからだ。
「琴ちゃんなら、鈴鹿君と一緒。志穂はまだ来てない?守村君と来る筈なんだけど」
「僕たちなら、ここに居ますよ」
綾瀬の問いかけに、背後から守村が答えた。
「メリークリスマス。今年も賑やかなパーティーになりそうですね」
守村の挨拶など、誰も聞いていなかった。
「・・・有沢?マジで?」
楠本が驚くのも当然だった。
身体にぴったりとしたミニの、ノースリーブのドレスの色は真紅。より濃い紅のシフォンの細長いショールを首に巻き、
剥き出しの白い腕にまとわせている。
「志穂、きれーい!」
どう、せがんでも見せてくれなかった新しいドレスの装いを、今日子と綾瀬が夢中で褒めそやす。
「知らなかった・・・有沢、ものすごくスタイル良かったんだ」
「おい、」
率直過ぎる志筑の感想を、楠本が、守村の前だぞと肘で突く。
「別に、構いませんよ」
「なんや守村、その落ち着きは。ちっとは男らしく動揺したとこ、見せてんか」
「何言ってるんですか、姫条君」
ニコニコと常と変わらぬ笑顔で、難なくかわす。
「さ、こんなところにいないで、ツリーを見に行きましょう」
「あ、守村」
「え?うわっ」
葉月の注意は間に合わず、籐の椅子に足を引っ掛けて転び、両手と膝を付いた。
「大丈夫?桜弥くん」
飛んできた有沢が助け起こす。
「ハハ、大丈夫で、わぁっ!」
上げた顔の至近距離に、きれいな曲線を描く有沢のバストがあり、後ろに仰け反った勢いで後頭部をテーブルの角にぶつける。
「っ痛・・・」
「・・・目一杯、動揺してるな」
楠本が言うのに、うんうん、それでこそ男やと、姫条が頷く。
「綾瀬のドレスが白ってのは、意外だったな」
「色はともかく、ミニじゃないのが惜しい」
有沢に介抱されている守村から、志筑、楠本の関心はさっさと移った。
「まったくや。綺麗な足は見せてこそ、価値があるってもんやのに」
「せめて、有沢のみたいにスリット入れるとか」
「志筑・・・綾瀬に張り倒されるぞ」
「明日香は痩せたっきり、戻らないな」
楠本の忠告なぞ聞いちゃいない志筑の視線は、薔薇色のドレスに包まれた身体が頼りなく、儚く見える今日子に注がれた。
「前から、細身やったけどな」
「あのウエスト、俺なら楽に片腕で抱ける」
楠本が自信を持って断言する。
コツっと、葉月が足を前に踏み出した。
「今日子、ツリーを見に行かないか」
「そうだね。じゃあ、皆も一緒に、」
誘いをかける今日子を引き寄せ、
「先に行ってる」
舞台での王子さながらに、今日子をエスコートし、連れ去ってしまう。
「・・・まずい。殿下のご不興を買ってしまった」
人に忠告をしていた自分の不用意な発言を、楠本は悔いた。
殿下とは、文化祭以来の、彼らの間における葉月のあだ名だった。
「誰か、言ってやれよ。俺たちは明日香を取ったりしないって」
「相変わらず、余裕のない奴やなぁ」
余裕など、珪には少しもなかった。
志筑に指摘されるまでもなく、今日子の細くなった身体が元に戻らないことが、心配でならなかった。
『クリスマスとお正月で間違いなく戻るから、これでちょうどいいの!もう、そういう心配、珪はしないで』
顔を赤くして、もう見ないでと文句を言われたが、不安は消えないままだった。
一心に受験勉強をしていることも、また、体調を崩す原因になりはしないかと目を離せない。
「なぁ、もし気分が悪くなったら、すぐに言えよ」
ツリーを見上げていた今日子は、
「あのね、珪」
困った様子で向き直ったが、しょうがないなぁという表情になると、
「わかった。ちゃんとそうするから、一緒に楽しもうよ。ね?」
腕を引いて、集まってきたクラスメイトたちの輪の中に連れて行かれる。
文化祭以来、珪のまわりには、誰かしら居ることが多くなっていた。
話しかけられて、答えているうちに、気が付くと5~6人の輪の中にいる。
それが男ばっかりなのが姫条との違いで、
『いやなモテ方してるな』
楠本がからかうと
『おまえが言うか?』
志筑がすかさずツッコむ。
鈴鹿とのボケボケコンビに、姫条が畳み掛けるようにツッコむのもクラスの名物となって久しく、毎日が騒がしい。
自分では何も変わったつもりはないのに、なぜだろうと、珪は一人、首を傾げていた。
面白いと言われるのは、結構うれしかったが、去年のパーティーとはうって変わって人に囲まれてしまい、今日子と一緒に
居られないのは、計算違いも甚だしい。
卒業生が扮していると噂のサンタクロースたちが、交換用のプレゼントを配って歩く頃、やっと、一人になった。
去年も一昨年も、珪は今日子と、互いの出したプレゼントを受け取っていた。
柊の飾りの付いた細長い包み。
サンタから渡されたその箱を開くと、繊細なカットが美しい、ガラスの一輪挿しがあった。
今日子が出した物だという確信に、根拠があった訳ではない。
いいなと思って見ていた時、一緒には居なかった。
それでも。やっぱり。
「今日子」
サンルームにいるのを見つけて、名前を呼ぶ。
運のいいことに一人で、しかも手に持っているのは。
「それ、俺が出したやつだ」
スノードームを逆さにし、雪を降らせていた今日子は、珪が手にしている包みを見て、うれしそうに微笑った。
「じゃあ、今年も二人で交換出来たんだね。よかった」
その一言で、今日子も、プレゼントが互いの手に渡ることを望んでくれていたのだと知った。
「な、このパーティーの後、」
「あ、いたいた」
計ったように邪魔が入る。
赤と黒の、カルメンを思わせるドレスの宮野が、工藤を伴ってやって来た。
「理事長から、シンデレラのワルツを踊って欲しいって、リクエストされたんだけど」
「俺たちと一緒に踊らないか?」
ワルツの指導役だった二人の申し出に、
「無理。だって、文化祭の後、一度も踊ってないもの。ステップだって忘れちゃったし」
今日子はとんでもないと首を振ったが、
「俺は覚えてる」
「だろうと思った」
ニッと工藤が笑う。
「じゃあ、今日子がおさらいすれば、問題ない訳ね」
「どうしてそうなるの !?」
抗議は誰にも取り合ってもらえず、急遽、おさらいをさせられ、結構覚えてるじゃない、これなら大丈夫と、すぐに広間の
中央に連れ出された。
「明日香、葉月に合わせてりゃいいからな」
「リラックスして、楽しみましょ」
「だから無理だって言ってるのに」
「ほら、手、貸せよ」
音楽が流れ始めた。
この余興に気付いた生徒たちが集まってくる。
「工藤と宮野は当然として、葉月のあの余裕。出来すぎてないか?」
いち早く聞きつけた楠本に引っ張られた志筑が、うんざりしたように言う。
「気の毒に。明日香は目、回してるぞ」
そう言いつつ、楠本は面白がっている。
見事なステップを披露する宮野に対して、今日子の方は付いていくのがやっとで、時々、身体をグラつかせている。
「なんて言ってるうちに、ほら」
綾瀬が、さすがね、というようにため息をもらす。
「呼吸が合ってきたと思わない?」
表情に余裕はないながらも、舞台での羽根のように軽く舞うステップが戻っていた。
台詞を言うことに神経を使わずに済む分、ダンスに集中出来る為か、音楽に乗って、薔薇の花びらのようにドレスがひらひらと舞う。
曲の終わり近く、調子に乗った工藤の目配せに葉月が気付いた。
「手、離すぞ」
「え?きゃっ」
パートナーのウエストを両手で捉え、バレエのリフトのようにふわっと宙に高く掲げ、工藤と葉月が交叉する。
そうして、ヒールが床につく瞬間、スピンするように舞い、フィニッシュを決めた。
拍手と冷やかしに3人は優雅に、1人はヨロヨロと応えた。
「うれしそうだなぁ、葉月の奴」
今日子に文句を言われている葉月は、遠目にも認識出来るほど、微笑っていた。
「大学でも、ああやって見せつけられんのか」
選択を誤ったかなと、楠本は苦笑いしたが、
「そう、上手く行くかな」
これで女の子がひいてしまう、辛辣な口調で志筑は言った。
「何も告げずに相手の心を捉えておけると思ってるなら、大甘だと、俺は言いたいね」
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