□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校3年

陽の光 4.


16日の土曜日。
朝から珪の心は重かった。
今日は、誕生日だった。
珪の心積もりとしては、練習の後、今日子を食事に誘うつもりだった。
自分の誕生日を、自分でセッティングすることにも抵抗はなかった。
2年前、初めて今日子に祝ってもらった時から、今日という日は珪にとって特別な日となった。
去年は、撮影所からの帰りにようやく、おめでとうを言ってもらい、忘れられているのかと気を揉んだが、今年は違う。
今日子は覚えていてくれる。
それくらいの自信は、珪の中にも培われていた。
夕方までシンデレラの練習をして、その後、親睦会。
どう考えても、ほんの少ししか二人でいられない。
つまらなかった。
楽しみにしてしまった分、がっかりだった。
練習は、冒頭の不機嫌な王子の場面は調子良く進んだが、シンデレラと二人の場面ではミスが続出した。
見学していた氷室は、何度も口を出しかけては堪えるの繰り返しで、
『センセ、まだ始まったばかりなんやから』
姫条に慰められていた。
「ほな、乾杯といきましょか」
日向琴がセッティングしたのは、公園通りで人気の、安くて美味しいイタリアンの店だった。
カンパーイ!と声を合わせた者の数は十人。
「で、なんで、おまえらが飛び入り参加してんだ?」
鈴鹿の視線の先に、オードブルに手を伸ばす、楠本と志筑がいた。
席の並びは壁側に奥から、有沢、姫条、今日子、葉月、鈴鹿。
通路側に、守村、綾瀬、志筑、楠本、日向の順である。
「親睦会だからだろ。大工仕事、得意なんだ、俺。芝居も好きだしな。舞台セッティングは任せな」
「どう見ても人手不足の感は否めないからな。途中参加するくらいなら、最初からやらせてもらうよ」
志筑の勿体ぶった態度はいつものことなので、今更、誰も気にしない。
「助かります。実は、僕も気になってるんですが、」
守村が、隣りの綾瀬に問いかける。
「舞台装置や、衣装、小道具の手配なんかは、どうなってるんですか?」
「ああ、それ、俺も聞こと思うてた」
実行委員の片割れである筈の姫条が言う。
「大丈夫。ちゃーんと手配済み。でもいくつか作らなきゃいけないものもあるから、お願いね、楠本君」
「了解」
頼もしく請け合う。
「しっかし、よくこんなメンドーに自分から首突っ込むよな。綾瀬の人使い、けっこう荒いぜ」
どういうイミよと、綾瀬が抗議の声を上げる。
「そりゃあさ」
えらく楽しそうに、楠本が言う。
「こんな面白いもん、見逃す手はないだろ」
「見せもんじゃねぇぞ」 
鈴鹿がムッとする。
「ばーか、見せもん作ってんだろうが」
楠本の一言に、そらそうやと、姫条が相槌を打つ。
「俺、メイキング映像とかが好きでさ。ほんとはビデオ回したいとこなんだが、そうもいかないだろ?」
正面の葉月を視線で示す。
「で、参加して、じっくり楽しむことにしたって訳」
「こいつが、ここまで物好きだとは、俺も思わなかった」
そう言う自分は何なのか。
誰も、志筑にツッコめない。
「でも、ほんとに助かるよね。他にも色々、お手伝いを募らなきゃいけないんじゃない?」
日向琴が、綾瀬に問いかける。
「なぁなぁ、琴ちゃん。俺も一応、実行委員なんやで」
「姫条君、知ってるの?」
「なーんも」
「えっ、そうなんですか?」
本格的に心配になってきたらしい守村が、不安そうな声を上げる。
「せやかて、この姉さん、なんも相談してくれへんのや」
向かいの綾瀬にわざと、うらめしげな視線を送る。
「とりあえず稽古始めてみないと、計画立てようにも、見当が付けられなかったのよ。でも、」
にっこりと、きれいな笑顔を向ける。
「姫条君、やる気でいてくれたんだ。来週から本格的な準備に入るから、よろしくね」
「しもた!墓穴掘ってもうた」
大げさに天を仰ぐ。
「男手は?舞台転換でいるだろ?」
楠本が問うと、
「野球部の皆に頼んである」
なるほど。
一同、納得した。
甲士園優勝へと導き、勝利の女神と称えられたマネージャーの命に逆らえる者など、いよう筈がない。
熱々のピザが運ばれてきて、打ち合わせもどきの会話は一旦、打ち切られ、各自、空腹を満たすことに専念し始める。
会話は、それぞれの雑談に移っていた。
「葉月は、このままモデル、続けてくのか?」
何のかのと葉月に話しかけていた楠本が、踏み込んだ質問を始めた。
「どうだろうな」
「なんや、他人事みたいに」
「モデルから俳優になるヤツもいるけど、そっちは?」
「ムリだ。こいつには向いてない」
鈴鹿が決めつけ、
「俺もそう思う」
葉月もあっさり認めた。
「自分がやるのは別にして、芸能関係で好きなジャンルっていうと、なんだ?」
「・・・・・」
「例えば、お笑いとかよ」
冗談のつもりで言った鈴鹿の一言に、
「あ、俺、お笑い好きだ」
ゲホッと、守村がむせた。
「大丈夫?守村君」
有沢がハンカチを渡すと、守村はそれを口に当て、咳き込んでいる。
「好きな芸人とか、いたりするのか?」
コワイもの聞きたさで、楠本が話を続ける。
「ドンPON」
今、最も旬な芸人として、絶大な人気を誇る若手お笑いコンビの名を挙げる。
「な、なるほど」
「確かに、あいつらは面白れぇよな。じゃあさ、ライブ行ったことあるか」
んな訳あるかいっ、と姫条はツッコもうとしたのだが、
「ああ。行った」
押し黙った一同の視線が今日子に集まる。
「もしかして、今日子ちゃんも一緒に行ったりなんてことは、」
「行ったよ。わたしも好きだし」
「「そうなの !?」」
綾瀬と有沢が声を合わせる。
「あれ、言ったことなかった?」
ないないと、二人して首を振る。
「ライブやってる時は、2回は行くよね」
隣りの葉月に同意を求める。
「そうだな。この前のライブも面白かった」
「ああ、先月のだろ?俺らも行ったぜ。すっげぇ、笑ったよな」
「和くん、大口開けて笑ってたもんね」
「葉月が行って、騒ぎになったりしないのか?」
志筑は、確かこいつ、有名人だったよなと頭の中の情報を復習する。
「騒ぎ?なぜ?」
不思議そうに聞き返す。
「ファン層の違いやろ」
葉月珪がお笑いのライブ会場にいる光景がどうしても想像出来ない姫条が言う。
「じゃあさ、12月のライブ、一緒に行かねぇか?」
鈴鹿だけが、まるで動じていない。
「ああ。だったら、都合のいい日、言ってくれたら、チケットもらってくる」
その微妙なニュアンスに、楠本は気付いた。
「知り合いから入手出来るツテとかあるのか?」
「いや、本人たちから」
ピタリと、葉月と今日子を除く全員の動きが止まった。
「確認するが、本人たち、ってのは」
とことん酔狂なのは、やはり楠本だった。
「ドンPON」
(ちょぉっ、待てっ)
今日子以外の全員が、心の中で葉月にツッコミを入れた。
「今日子ちゃん」
直接、葉月に確かめるのはイヤなのか、姫条が今日子に振る。
シーザーサラダを、おいしそうにサクパク食べていた今日子は、話していい?と葉月に確かめた。
「先月、1回目に行った時、差し入れを係りの人に渡したらね、2回目の時に、ライブの後で楽屋に案内されて」
“面白かったです。頑張って下さい”というメッセージカードに、きちんと、葉月珪、と署名して贈ったところ、まず、その正体に気付いていたライブハウスの案内係が楽屋へ駆け込んだ。
この時はすぐに帰っていたが、2回目に行った時、網を張って待ち構えていた係員に、終わっても帰らないで下さいと念を押され、楽屋へ通された。
「それで、どうなったの?」
綾瀬が怖々問う。
「握手して、一緒に写真撮って、サインの交換してた」
「交換、ね」
やっぱりこいつは有名人だと、志筑が乾いた笑いを浮かべる。
「12月のライブのチケット用意するって言ってくれたから、一緒に行こう。鈴鹿」
「すっげぇぜ、葉月!」
大喜びの鈴鹿を余所に、今日子を除く全員が、
(王子だ。確かにこいつは、本物の王子だ)
クラクラする頭で納得していた。
 
 
 
「なんていうか、すべてに置いて天然なんだな、葉月って」
店を出た後、連れ立って今日子と帰って行く後ろ姿を見送りながら、楠本が感慨深げに呟く。
「他人が差し出すものを何の疑いもなく、あっさり受けるあたり、育ちがいいというか、素直というか」
言葉ほど、志筑は皮肉な表情ではなかった。
「葉月君は、奥が深い人ですね」
まだまだ自分には人間的厚みが足りないと、守村は自らを省みていた。
「ほんまに、ヘンな奴っちゃ」
姫条にヘンな奴呼ばわりされている珪は、いい気分で帰り道を辿っていた。
憂鬱だった筈の親睦会は、楽しかった。
今日子以外の人間と、沢山話せた自分にも驚いていた。
以前ならたぶん、会話にならなかったろうし、楽しいと感じられたかどうか。
気付かないうちに、自分は変われているのかも知れない。
(それも、おまえのおかげだな)
『ドンPONが好きなら、ライブにも行ってみようよ』
誘ってくれたのは、1年の時だった。
一人では行くこと自体、思いつかない所へも、今日子に誘われるとその気になった。
(俺は、おまえから、ほんとに沢山のものを貰ってるんだな)
いつもより言葉少なく隣りを歩く、今日子を想う。
公園通りから、今日子を家に送り届ける道は遠回りの筈なのに、もう帰り着いてしまった。
「じゃあ、おやすみ」
幸せな気分と、もう少し一緒にいたい寂しさの、半々の気持ちで珪は言った。
「待って、珪」
鞄とは別に提げていた手提げから、細長い包みを取り出す。
「今日は、珪のお誕生日でしょう」
差し出されて、
「ああ・・・今日、だったな。そういえば」
少しだけ、ウソをつく。
「お誕生日おめでとう、珪」
欲しかった言葉と笑顔。
「・・・サンキュ。開けていいか?」
今日子が鞄を持って、包みを開くのを助けてくれる。
「一輪挿し・・・シルバーだな、これ」
「どうかな」
期待と不安を込めて、みつめてくる瞳が愛しかった。
「いいな、すごく。気に入った」
よかったと、ほっとした笑顔になる。
珪の心に、王子の台詞が浮かんできた。
『私の望みは、あなたにしか叶えられぬ』
(そうだな。おまえだけだ)



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