明けて、翌週の月曜日。
会議室には、綾瀬の召集で集められた面々が顔を揃えていた。
実行委員の相方である姫条まどか。
主役の明日香今日子と葉月珪。
脚本担当の有沢志穂。
そして、守村咲弥、鈴鹿和馬と、同じバスケ部の日向琴の8名だった。
「今日、集まってもらったのは、学園演劇への参加をお願いするためです」
各自の前に設定書付きの配役表と台本が回され、
「ゲッ、マジかよ」
まず、鈴鹿和馬がイヤな顔をした。
「俺が魔法使い?冗談じゃねぇぜ。やれっかよ、こんなの」
「脚本に影響が出るから、断らないでくれる?わたしだって、受けてるんだから」
意地悪な継母役の綾瀬が語気を強めた。
『何でも協力するって、言ったわよね?』
有沢に詰め寄られ、渋々承知したことなど、おくびにも出さず続ける。
「声だけのシーンも多いから、完全に台詞覚えなくてもいいんだし。演って」
「あのなぁ」
ふざけんなと、断ろうとした鈴鹿だったが、
「やろうよ、和くん」
台本を拾い読みしていた日向琴が、瞳をキラキラさせて鈴鹿を見た。
「この魔法使いって、すっごくいい役だよ。台詞回しも、いつも和くんが喋ってるのとおんなじだから、覚えるのたいへんじゃないと思うし、ね!」
「・・・マジかよ」
「マジもマジ。大マジ。わたし、和くんの魔法使い、見てみたいな」
日向琴のキラキラ攻撃。
こっそり名付けたこれに、鈴鹿和馬は大変大変弱かった。
「おまえ・・・妹役、やるのか?」
「やるよ。楽しそうだし、この妹って意地悪役じゃないから、そんなに難しくなさそうだし」
「ま、おまえに意地悪な役は似合わねぇよな」
「えー、そうかなぁ」
アホらし、とげんなりした顔で、今度は姫条が不満を申し立てた。
「鈴鹿の魔法使いは決まりとして、なんで俺が葉月の臣下なんか、演らなあかんの?」
俺はまだOKしてねぇっ、という鈴鹿の叫びを無視して、綾瀬はきっぱりと言った。
「バランスと見栄え」
「んな、アホな」
がっくりと肩を落とす。
「まぁ、この役は、王子の臣下というだけではない、細かい設定がありますから、誰でもいいという訳にはいきませんよね」
ナレーターを振られている守村は、無難な役回りにほっとしていた。
「あのね、美咲」
台本を高速で斜め読んでいた今日子が、おずおずと手を上げた。
「なに?」
「この話、なんか、わたしの知ってるシンデレラとは、微妙に違うんだけど」
「高校生にもなって、お子様芝居を舞台に掛けられる訳ないでしょ」
「これ、有沢が書いたのか。すごいな」
黙々と台本を読んでいた葉月が絶妙なタイミングで誉め、
「そ、そうかしら」
まさか、葉月珪から賞賛を受けるとは思っていなかった有沢は動揺し、
「僕もそう思います。こんな才能があるなんて、すごいですね、有沢さん」
守村の誉め言葉に、有沢は可哀想なくらい狼狽した。
「とにかく、このメンバーでいくから。絶対に成功させましょうね」
さくさくと綾瀬は打ち合わせに入った。
当面は月曜と土曜に全員で練習。台本の読み合わせと役の解釈について話し合う為、昼休みに集まることになり、早速、翌日から開始された。
「葉月っ、その棒読みなんとかしろ。それじゃ、王子じゃなくて坊主だ」
イヤがっていた割りに、一番、ノリがいいのは、やはり鈴鹿和馬だった。
「もっと感情込めて、しゃべれねぇのかよ」
「無茶言うな。鈴鹿」
教室で車座になってやっているので、自動的にギャラリーと化したクラスメイトの一人、志筑が口を挟んだ。
「おまえじゃあるまいし。葉月に熱血を求めること自体、間違いだ」
「けどよ、妃になってくれって、口説いてんのに、棒読みはねぇだろ」
「せやせや。舞踏会は見せ場やのに、そんなんで、姫がうん、言うと思うか?もうちょっとこう、情熱見せな」
「情熱・・・」
「お手本見せてやれよ、姫条」
別の一人、楠本がけしかける。
ほな、と姫条が台本を取り上げた。
『私はこのまま、いつまでもあなたと踊り続けていたい。ずっと私の傍から離れないでいて欲しい。あなたを、妃として迎えたいのです』
「うさんくせぇ」
鈴鹿の一言に、聞き耳を立てていた面々が一斉に吹き出した。
机を叩いて笑う者までいて、姫条はムスッとして
「ほれ、やってみ」
葉月に振った。
『私は、このままいつまでも、あなたと踊り続けていたい。ずっと、わたしの傍から離れないでいてほしい・・・あなたを妃として迎えたいのです』
ためるなぁ、と茶化すような、感心するような声が掛かる。
「さっきより、ずっといいと思いますよ」
調整役となりつつある守村が、すかさず誉める。
「今日子、台詞」
綾瀬に促され、
『王子様、それは出来ません。わたくしは、お受けすることが出来ないのです』
「悪くないけど、そんなにビクビクしないで。元は、貴族の姫なんだから」
有沢の指導が入る。
脚本を提供するだけの筈が、やっぱり舞台まで見届けると、有沢は演出担当になっていた。
こんなやりとりが繰り返されるうち、数日を経ずして、否応無く、興味を掻き立てられる者が出てきた。
「つまり、あれだろ、このアルシスってヤツは、王子の立場に内心うんざりしてる訳だ。だから前半は、葉月の棒読みが逆に活きるんだよ」
中でも楠本は、綾瀬から台本を借りて読み込むほど、ハマっていた。
「その分、姫を探す後半で差を出す必要が出てくる。難しくないか?」
楠本に付き合う態でいながら、志筑はちゃんと要所を突いてくる。
「その方がメリハリは付くやろが、どうや?葉月」
「アルシスは、姫に逢えて、うれしかったんだと思う」
何かというと葉月の机の周りに集まって、話し合う光景が見られるようになった。
「ただひとつ、望む存在を見つけることが出来たから、変われたんだ」
「さっすが、葉月。深いぜ」
単純明快な役どころである鈴鹿の課題は、ただひたすら、台詞を暗記することだった。
「美咲、もっと抑えなよ。コワイって」
「なんか、自分の娘に伯爵家を継がせようっていうより、国を乗っ取っちゃいそうなんだよね。この継母」
「悪かったわね」
綾瀬と今日子の周りにも、クラスの女子が代わるがわる集まっては、感想を挟む。
「今日子もさ、王子への恋心をもっとはっきり表現しないと、王子の一方的な片想いみたいじゃん」
「一歩間違うと、惚れ込んだ姫を強引にモノにするストーカー王子になっちゃうから、やばいって」
「それ、すごくまずいね・・・気を付ける」
10月9日の土曜日には、動きを加えた練習に入った。
『城の舞踏会?あんな肩肘張って、疲れるとこに行くのが望みなのか?』
行商人に扮した魔法使いに、シンデレラは寂しそうに微笑んでみせた。
『お父様が元気でいらした頃、ワルツを教えて頂いたの。お城の舞踏会で王子様と踊るのだよ、って』
『それぐらいの望みなら、叶えてやれねぇこともないぜ』
ぶっきらぼうな魔法使いは、鈴鹿にぴったりだった。
あて書きしているのだから当然といえば当然だが、一番、上手に見えると言ってよかった。
対して、
『こんなところで、何をしている』
『わ、わたくしは、舞踏会に参っただけです』
主役の二人は、期待ほど、ぱっとしなかった。
葉月珪の王子は、らしいのは見かけだけで、いいとこ、名家のぼんやりした三男坊。
明日香今日子に至っては、貴族の姫というより、由緒正しい一般庶民にしか見えない。
「けっこう、普通やってんな。葉月」
イメージどおり、キラキラしい王子になるかと思いきや、演技の感覚もなく台詞を言っているだけの葉月は、素の朴訥とした性格が、そのまま役に投影されてしまっていた。
「葉月君は、前からあんな感じですよ」
中等部の頃から付き合いのある守村は、葉月を特別視したことは一度もなかった。
「天然ボケだしな」
「おまえが言うか?鈴鹿」
「るせっ」
「はい、ストップ」
綾瀬が芝居を止めた。
「珪君、ここでの王子はもっと冷たくて、厳しい感じを出して。今日子は気位の高さをちゃんと見せて。じゃあ、もう一回初めから」
今日子の危惧したとおり、素人芝居は許されず、演技などしたこともない二人に難題が突きつけられる。
王子とシンデレラについては、あて書きはせずに、有沢はストーリーを優先させたので、主役二人は四苦八苦する破目になった。
「来週の土曜は、氷室先生も来るんだよね」
休憩の時、日向琴が訊いた。
母親の思惑に関係なく、腹違いの姉を慕い、こっそり味方をする妹役をコミカルに可愛らしく演じて、こちらはハマリ役だった。
「生徒の自主性に任す言うとるけど、ヒムロッチ、熱血やからなぁ」
何考えてるか分からなくてうさんくせぇ、と鈴鹿が評した姫条の役は、大貴族の次期当主で、後々、王となったアルシスの片腕として、その才覚をふるうという裏設定があった。
「進行状況を確認させてもらうだけだと言ってたけど」
物語の発端は、伯爵家の当主が国中に流行した病で死亡したことに起こる。
おっとりした夫に代わって、実質的に家を取り仕切っていた綾瀬演じる伯爵夫人は、自分の娘に家を継がせようと画策する。王妃も亡くなる流行病で国中が混乱していたのを幸い、跡継ぎである先妻の娘も病で死んだものとして届け出て、名も奪い、シンデレラ、灰かぶり姫と貶め、下女に落とす。
それから数年後。
病から完全に回復しない王の代わりに、政務に就いていた王子の正式な即位が決定する。
その王子に早く妃をと、花嫁を選ぶ舞踏会が催されることとなった。
「ところでね、提案なんだけど、練習だけじゃなくて一回、皆で集まって、親睦会とかやらない?ほら、文化祭に向けて士気を高める、みたいに」
「それ、悪くないなぁ」
日向琴の提案に、すぐ、姫条がのった。
一人だけクラスも違い、付き合いがあるのは同じバスケ部の鈴鹿以外は有沢だけ、という日向琴を気遣ってのことだった。
「女バスじゃ、新人が入るとよくやってるよな」
鈴鹿が何心もなく、賛同する。
「いいですね。やりましょうよ」
守村の求めに女性陣も同意する。
「じゃあ、来週土曜の練習の後でどうだ?琴、おまえ、言い出しっぺだからな、幹事やれよ」
「任せて!」
よっしゃーっと盛り上がる中で、葉月珪だけが、イヤだと言い出せないでいた。
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