はばたき市で一番大きな書店は、ショッピングモールにある。売り場の面積は勿論、取り扱う種類も多い。
週末に迫った体育祭の練習後、今日子が寄り道というには遠いここまでやってきたのは、森山の写真集を探す為だった。
丹念に書棚を見ているのは、思いつきで来てしまったので、タイトルも出版社も分からない為である。
下調べしてから来るのだったと、いつものことながら、考え無しな自分の行動を悔やむ。
後先考えずに動いてしまうこの性格は、珪にまで、
『少しは考えてから動け』
とたしなめられた。
いつも、ぼーっとしているようにしか見えない珪に、そんな風に言われて、ちょっとくやしかったのに、反論出来なかった。
一応、自覚はあるからだ。
「こんにちは」
すぐ後ろから声を掛けられて、反射的に振り向くと、葉月洋子が立っていた。
「ごめんなさい、驚かせちゃったかしら?」
葉月の家は美男美女の家系なのよ、と冗談めかして洋子は言ったが、今日改めて見ると、やっぱり綺麗な女性ひとだなぁと思う。
「いえ、大丈夫です。昨日は、ごちそうさまでした」
快活な印象そのままに、ふわふわとパーマのかかった髪が肩の上で踊っている。お日様の陽を浴びて咲く花のような、いるだけで周囲を明るくする、そんな感じの人である。
「どういたしまして。わたしも楽しかったわ。ちょーっと、焦る場面もあったけどね」
それが森山の求婚披露のことだとわかって、声を合わせて笑ってしまう。
「何か、探し物?」
洋子に尋ねられて、そうだ!と、今日子は思いついた。
「洋子さん、仁さんの写真集って、ここにありますか?」
「そりゃ、あるでしょうけど、」
期待を込めてタイトルを問おうとすると、なぜだか洋子は気の毒そうな表情になって続けた。
「珪を撮ったものは、まだ、ないのよ」
そうですか、と内心がっかりし、あれ?と思う。
珪を撮った写真が見たかったとは、口にしていない筈だ。
「わかるわよ。それくらい」
ふふっと、洋子は笑った。
「時間、大丈夫だったら、一緒にお茶飲まない?」
『おまえ、すぐ顔に出るな』
珪に言われたのを思い出す。一体、どれほど読みやすいのかと、恥ずかしくなった。
「写真集を出す話は、実際、何度も出てるのよね」
一階のコーヒーショップで、アイス・カフェモカを挟んで向かい合うと、洋子は詳しく話してくれた。
曰く、バカ売れ間違いなし、というその企画が浮上しては雲散しているのは、珪が強行に嫌がっていること以上に、肝心の森山がまだ早いと、首を縦に振らない為であった。
では、他のカメラマンを頼めばいいかというと、そういうことなら、いずれ時が至った暁には他の出版社から出すことにするとほのめかされた。結局、儲け話を他に譲る手はないと、歯噛みしながら、その時とやらが切望されているのだった。
「すごいんですね。仁さんも、珪も」
授業中だろうと、休み時間だろうと、昼寝ばっかりしている珪と、モデル葉月珪が、今日子の中では、いつまで経っても結びつかない。
「仁はともかく、珪はねぇ・・・。もうちょっと人間味のある表情が出来ないと、写真集なんて出してもね。カッコ良ければいいってもんじゃないでしょ?」
スッパリ言い捨てる洋子に、返事の仕様がない。
「仁が撮った写真だけど、最近のものは雑誌のバックナンバーも在庫切れしてるし、うーん・・・そうだわ!」
パチンと両手を打ち合わせる。
「よかったら、ウチに来ない?資料として、ちゃんと整理してあるし、使ってないスチルとかもあるわよ」
どお?と訊かれて、答えるより先に、見たいという気持ちが顔に出てしまったらしい。
「じゃ、決まりね。そうねぇ、平日はちょっとムリだから、今週の日曜日はどう?早く見たいわよね」
今日子の表情をバンバン読んで畳み掛けてくる洋子に、今更、遠慮してみせるのも見え透いている。素直に礼を言って、ペコリと頭を下げた。
「そうそう、日曜日、珪も呼ぶ?」
とんでもない!と、今日子はブンブンと頭を振った。
「ゼッタイ、イヤがります」
そう言ってから、珪が確実に嫌がるであろうことを、隠れてしようとしている自分に気付く。
「雑誌とか、見せてくれたりしないの?」
「珪は、モデルの写真を見られるの、好きじゃないみたいで」
一年の頃、一緒に立ち寄った本屋で、珪が表紙の雑誌を見つけ、買おうとして止められた。
『そんなもの、見なくていいから』
仮にも仕事としてやっていることなのに、なぜ、そんなに嫌がるのが今でもわからず、訊けないままでいる。
「それで、買うのやめちゃったの?」
「イヤなんだな、って思ったから・・・わかってるのに、やっぱり良くないかな」
最後は、ひとりごとのように小さくつぶやく。
「仁が撮った写真、見たいんでしょう?」
問われて、迷った末、頷いた。
興味本位などでは決してない。自分の知らない珪のことを、少しずつでも知っていきたかった。
「じゃあ、いらっしゃい。あの子のこと、もっと知ってあげて。ね?」
その声はとてもやさしくて、洋子の珪に対する愛情を感じさせた。
「ウチへの地図、描くわね」
バックから、書くものを取り出そうとする洋子に、鞄から自分のノートを出して渡そうとし、今日子は手を滑らせた。
バサッと、ノートや教科書が床に流れて、散乱してしまう。拾い集めるのを手伝った洋子が、一冊の本に目をとめた。
「ビリヤードなんてするの?」
基礎の解説書を拾い上げて、渡してくれる。
「今、珪が教えてくれてるんです」
昨日も、相変わらず手加減一切なしの厳しさだったが、今日子に教える為、ビリヤードの教え方を習ってきたと胸を張るだけあって、分かりやすくて、前よりも上達することが出来た。
解説書を選んでくれたのも珪で、おまえ、こういうのもあった方がいいだろ?と渡してくれたのだ。
「遊びなんだから、そう気負うことないって言われたけど、やっぱり、早く上手くなりたいし」
軽い気持ちで教えてと言ったのに、それに応えようとしてくれる珪の優しさがうれしかった。
大切そうに本をしまう、その様をじっと見ていた洋子が静かに言った。
「好きなのね、珪のこと」
弾かれたように、今日子は顔を上げた。
「あのっ、わたし、あのっ」
胸の奥の秘密を暴かれて、狼狽する今日子の様子に、
「まだ、言ってないの?」
不思議そうに顔を傾けた。
「ちがうんです!わたしっ」
心にもない否定などしても、後の言葉が続く筈もない。
赤い顔で俯いてしまった今日子をそのままにして、洋子は手帳にさらさらと地図を描き出した。
「心配しないで。わたしはどこかの誰かさんみたいに、ばらしたりしないから」
相談したいことがあったら、いつでも連絡してね、と連絡先を書き添える。
「待ってるわね。日曜日」
ピリッと、システム手帳から紙片を外すと、顔を上げられないでいる今日子の手に握らせた。
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