□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

心の欠片 3.


花火大会を明日に控えた夜、今日子は自室の床にぺたりと座り込み、並べた花火セット3種類を前に、眉間にシワを寄せていた。
「やっぱり買い足してきた方がいいかな」
例えば尽と花火をするというなら、これだけあれば十分だが、打ち上げ花火の代わりと考えると、手持ち花火がメインというのは、おとなし過ぎる気がする。
地面に置いて着火する噴出しタイプの派手なのを増やした方が、イベント感が増すのではないか。
「でも、あんまり準備万端にするのも葉月くんを信じてないみたいだし・・・」
昨日、開店間際のアルカードに、前触れもなく葉月がやって来た。そして突然、仕事があるから花火大会に行く約束を取り消すと言われて混乱した。
“どうして今になって?”
“それはどうにもならないの?”
“間に合う可能性さえないの?”
“待っていてはダメなの?”
不思議に思うことや訊きたいことが、いっぺんに湧き上がり、
『…その、お仕事は、夜までずっとなの?』
すぐには諦められない問いかけにも、葉月は可能性を残すことをしなかった。
言葉は、考えた末の結論なのだと伝えてきた。
こわいほど真剣な眼差しを受けとめながら、それでもわたしは待っていたいのにと思った時、不意に悟った。
(葉月くんは、わたしをがっかりさせたくないんだ)
楽しみにする期待の気持ちを、失望に変えまいとしてくれている。
それがわかったから、
『わたしなら大丈夫』
と伝えた。
事情をちゃんと伝えてくれて、遅れたとしても必ず来てくれる。結果として花火に間に合わなくても、仕事ならば仕方がないことだ。
(それに・・・)
傷跡を押さえるように胸に手を当てる。
『約束は取り消す』
思い出すと胸の奥底、心の深いところがギュッと締め付けられる。
(ヘンだよね)
葉月の思いやりから告げられた言葉だとわかっているのに。思い出したくないほど、その言葉は胸に刺さった。
「わっ、」
突然鳴り響いた着信音に、沈み込んでいた今日子は飛び上がった。
ディスプレイに表示された名前を見て、飛びつくように携帯を取り上げる。
「葉月くん」
「こんばんは。今、いいか?」
「うん、大丈夫」
「明日のことだけど、」
言葉が途切れ、間が空いた。
「・・・終わったら、連絡するから、家で待っていてくれるか?」
「・・・うん。わかった。連絡もらったら出られるように仕度しておくね」
やっぱり待たなくていいと、言われたらどうしようと、高まった緊張が解けていく。
「明日香」
「なぁに?」
「俺、頑張るから」
「・・・うん、頑張ってね」
「ああ、じゃあ、また明日」
「うん、明日ね」
電話が切れ、息をつくと、じわりと視界が温かく揺らぐ。 瞬きをしてその揺らぎを押し戻し、床の花火セットに目を向ける。
「・・・買い足す必要なんてないよね。尽とするならこれで十分だもん」



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