□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

人は見かけに 3.


綾瀬美咲が懲りないのか、氷室が諦めないのか、おそらくはどっちもどっち、と思わされた話の後、場所をリビングから今日子の部屋に移して、お茶をすることになった。
コーヒーを淹れてから行くという今日子を置いて綾瀬と共に二階の部屋へと向かいながら、有沢は内心とても期待していた。
(明日香さんのお部屋なら、きっと可愛らしく工夫して、飾り付けしてあるに違いないわ)
誰にも言ったことはなく、知られないようにもしていたが、有沢は可愛いものや綺麗なもの、中でも乙女心をくすぐるロマンチックな小物や雑貨が、たまらなく好きだった。
それは充分、女の子らしい趣味であったのに、自分には不似合いも甚だしいと頑強に思い込み、人前では無関心を装っていた。
だから、
「お邪魔しまーす」
無人の室内へ律儀に断り、綾瀬がドアを開いた時も、高まる期待をわずかも見せずにいたのだが。
「・・・・・・・・・・・・」
勝手知ったる何とやらで、綾瀬は中に入るとすぐに、折り畳んで仕舞ってあった丸テーブルを引き出してきた。
そうして部屋の真ん中に据え、座布団代わりの平たいクッションを三つ並べて用意を済ませると、
「はい、どうぞ。好きなとこに座って」
入り口で棒立ちしたままの有沢に勧めた。
「有沢さん?」
不思議そうに呼びかけられて、有沢はやっと中に入り、ともかく一番手近な場所へと座った。
「その・・・とても、きれいに片付いているお部屋ね」
何か言わなくてはと、誉めていることになる筈の言葉を口にする。
「片付き過ぎて、殺風景になっちゃってるけどね」
有沢の努力をバッサリ切り捨てた綾瀬は、窓を背にして座ると、ぐるりと部屋を見回した。
「いつ来てもホント、綺麗にしてる」
感心したように呟く。
「今日子ってね、すごくマメなの。キレイ好きなのは見ての通りだし、モノ出しっ放しにして、その辺に置いとくなんてこともしない。おまけに手も早いから、先刻(さっき)もちょっと立ち話してるうちに、洗い物済んじゃったでしょ」
「そうね」
食器の数が少なかったとはいえ、何か手伝えることは?と聞いた時には濡れた手を拭いていた。
「片付けも完全収納派だから、何でもきちんと仕舞っちゃうし。そこに生来のシンプル好きが加わったら、こういう部屋にもなるわよね」
分かり易い解説に、有沢も改めて部屋の中を見回した。
入り口に近い方から本棚に机、チェストときて、正面が窓。
右手側には姿見、ベッド、クローゼット。
必要な家具が無駄なく配置され、モデルルームとまではいかないが、たった今、大掃除が済んだばかりのように、どこもかしこも整然としている。
それはいいとしても、
(シンプル好きって、何も無い状態が好き、ってことなの?)
ぬいぐるみもオルゴールも、絵の一枚も飾られることなく、チェストの上など真っ更のままで、レースのクロス一枚敷いてない。
明るいベージュの広くて使いやすそうな机には、パソコンと教科書類、あとは卓上カレンダーが置かれているくらいだ。
「不思議なんだけど、あれで可愛い雑貨とかを見るのは好きなのよ。けど、身近に置くとなると話は別。こないだも、ランプシェードがスズランの花型になってるテーブルランプ見つけて、あ、ほら、有沢さんも見てたやつ。その時は品切れで入荷待ちになってたけど」
「・・・もしかして、公園通りのショップの?」
「そう、それ」
いつの間に見られていたのか全く気付かなかったが、状況は一致している。
「今日子がテーブルランプ欲しがってるの知ってたから、これだ!と思って連れてったのに」
目にした最初こそ、“わぁ、すてき”と、喜んで手に取り、試しに灯りを点けたりしていた。
「でも却下。理由は明るさの調節が出来ないから」
「・・・・・・ああ、そう」
「部屋の照明選んでるんじゃないんだから、一つくらいデザイン優先で決めてもいいと思わない?」
「思うわ」
見た目よりも、機能と実用性が優先される。
それは如何にも、この部屋の(あるじ)らしい思考と選択だけれど、
(明日香さん、あなたもなの)
綾瀬同様、見た目とのギャップが甚だしい。
「はぁい、お待たせしました。ご注文のアイスコーヒーでございます」
グラスを三つ載せたトレイを片手に、器用にもう片方の手でノブを回し、浮かれ気味の明るい声で入ってきた今日子は、春ならチューリップの花束を抱いているのが、似合いそうな雰囲気の持ち主だ。
この見かけから、四角四面な部屋を想像するのは難しい。
前に置かれたアイスコーヒーのグラスを、ありがとうと引き寄せながら、
(わたしが考えてたより、人って見かけに寄らないものなのね)
有沢はつくづくと思い知らされていた。
「ね、あのクッションのカヴァ、新しく作ったの?」
ベッドの方を見ながら綾瀬が訊くと、
「うん。夏の新作。いい色でしょ?」
今日子は嬉しそうに応じた。
ベッドの上に並べて置いてあるクッションは、寄り掛かるのに丁度いい大きさのと、それより小ぶりなサイズの二つ。
「そうね。綺麗な青の無地」
含みのある綾瀬のコメントに、有沢は飲みかけたアイスコーヒーに咽そうになった。
「無地じゃないもん!濃い青から薄いブルーへのグラデーション!ちゃんと見てよ。生地のどこを合わせて作るか、すごく考えた自信作なんだから」
ムキになって反論する。
どうやら綾瀬は、この部屋や今日子の趣味嗜好に対する感想を、本人の前でも遠慮なく口にしているようだった。
「はいはい。見るからに涼しげで、いい出来です。でも、いつの間にこんなの作ったの?先週、来た時は無かったよね」
「・・・それは・・・その・・・」
急にバツの悪そうなカオになって口ごもる。
「もしかして、試験前の週末に遊んじゃったとか?」 
綾瀬の追求を避けるように視線を逸らす。
「あ、わかった。バーゲンでセール価格なの見て衝動買いして、帰ってから生地広げて見てるうちにちょっとだけって、作り始めちゃったんでしょ」
見ていたように畳み掛けられて、今日子は観念したように項垂(うなだ)れた。
「その通りです、ごめんなさい。もう試験前にお店覗いたりしません。しっかり報いは受けて反省もしてます。成績落ちて弟に馬鹿にされても言い訳なんてしません、ごめんなさい」
「別にわたしは氷室先生じゃないんだから、謝らなくても・・・けど、今日子って、一夜漬けタイプじゃないでしょ。直前にちょっとばかり手抜きしたぐらいで、そんなに影響出るもんなの?」
「・・・白状すると、全体的に甘く見てたみたい。思ってたよりもずっと問題が難しくて、二日目の教科分からは追い込んだけど間に合わなかった」
「それ、外部入学組には毎年ある話なのよ、明日香さん」
すっかりしょげてしまったのが可哀相で、有沢は慎重に言葉を選んで口を挟んだ。
「きっと、難関を突破してきた自信が裏目に出るのね。今回は数字としての結果に囚われすぎないで、何が自分に足りていなかったのかをよく考えて、次につなげるのがいいと思うわ」
「そんなに、順位ガタ落ちの危険大なの?」
曖昧にしたポイントを、綾瀬が正確に突いてくる。
不安そうな()を今日子に向けられ、
(仕方ないわね)
有沢は、はっきり言うことにした。
どのみち明日には分かることで、心構えが出来ている方が、ショックは軽く済むかも知れない。
「去年までの例だと、総合点が5点落ちたら、席次も五番下がるって言われてるわ」
「えっ」
「そんなに !?」
今日子だけでなく、綾瀬までもが動揺する。
「綾瀬さん、まさかあなたも油断したの?」
ライバルと思うが故に、非難がましい響きが混じってしまう。
「油断はしてないけど、今日の数学でちょっとミスっちゃったから・・・・・・うわぁ、サイアク。よりにもよって、氷室先生の数学で落とすことになる訳?」
焦り出す綾瀬に対して、
「テスト期間中のバイト禁止令って・・・伊達じゃないんだね」
今日子はすっかり諦めの境地に至っている。
「頑張りますとか言ったくせに、結果聞かれたら立花さんに何て言おう」
「立花さんて?」
弱りきった表情で口にされた名前に、気を引かれて尋ねた。
「アルバイトしてる喫茶店の、常連のお客さま。試験でいい結果出して、気分良く花火大会に行っておいでって、メッセージもらってるのに、これじゃ笑われちゃう」
「随分、親しいお客さまなのね」
有沢も、週に二日の花屋のバイトで、お得意様に名前と顔は覚えてもらったが、プライベートに関わる会話まではしたことがない。
「マスターの昔からのお友達なの。だから長年、アルカードに通ってらしてて、コーヒーにも凄く詳しいし、厳しいところもあるけど、優しくて面白い方だよ」
「確かに、立花さんは面白い人だとは思うけど、」
綾瀬は微かに、眉をひそめてみせた。
「どこまでが冗談で本気なのか分からないところがあるから、何かに誘われた時は返事する前に、必ずマスターに話した方がいいと思うよ」
キョトンとする今日子の反応を見る限り、とても綾瀬がほのめかす意味を、理解しているとは思えない。
「美咲はマスターと、おんなじこと言うんだね」
ふふ、と可笑しそうに微笑(わら)う。
「立花さんは忙しい方だから、そんな暇なんてないよ。この前、たぶん思いつきで花火大会に誘って下さったけど、そのすぐ後 “あいつはこの店に1ヶ月は顔出し出来なくなったから”って、マスターが教えてくれたくらいだし」
マスターのガードが入ったことを敏感に察した有沢は、今はもう、はっきりと眉間にシワを寄せている綾瀬と、素早く視線を交わし合った。
「花火大会のお返事も、葉月君と行くなら、そう伝えておくから気にしなくていいってマスターが」
「ちょっと待って今日子」
話を途中で遮ったものの、続く言葉が出てこない綾瀬に変わり、
「明日香さん、あの葉月君と、花火大会に行く気なの?」
有沢が訊き返した。
あぶない人認定された常連客のことは一旦、棚上げ。
それよりも、明日香今日子はどれだけ恐い物知らずのチャレンジャーなんだと、半ば呆れたというのに、
「うん。誘ってくれたから」
なんでもないことのように頷いた。
「誘ったって、葉月君の方から !?」
「うん。俺と来いって」
誘い方までなんて尊大な、ではなく、
(ポイントはそこじゃなくて!)
“葉月珪”が、自分から誰かを何かに誘うなんてこと、有り得るのかと驚いた。
少なくとも中等部での三年間、素気無く断った話以外、聞いたことがない。
以前、今日子が、葉月と臨海公園でデートしているのを目撃されて話題になった時も、“偶然の産物”、“明日香今日子から声を掛けた”、が前提だった。
期末試験の度にイライラさせられたあの男は、他人だけでなく、自分にも興味がない。
結果が発表になっても、見に行こうともせず、他人から知らされて、
『そうか』
の一言で無表情に済ます。
流布した与太話の一つ、“帰国前に大学までスキップ卒業済みの天才”説は、中々、真偽が確かめられなかったせいで、定説に成りかけた。
あの緑の瞳には寝ていない時でも、何も、誰も映っていないのでは、と思ってきただけに、明日香今日子への関心の強さが分かる。
「・・・明日香さんは、葉月君と居て、居心地悪くなったりしないの?」
男子からは特別嫌われてもいなかったが、愛想皆無の葉月と会話が続く者はなく、そそくさと逃げる者が殆んどだった。
「わたしは楽しい、けど、」
ふと、カオを曇らせる。
「よく、葉月君のこと不機嫌にさせちゃうから、どう思われてるかは心配」
その表情は、思いがけない程の寂しさを感じさせ、有沢はムリもないと同情した。
「ああいう対応されたんじゃ、そう思うわね」
「ああいう対応って?」
沈黙していた綾瀬が聞き咎める。
「明日香さんは初め、葉月君に一緒に帰っていいか聞いたのよ。そしたら一言、“やめとく”って」
「・・・・・・へぇ」
美人が凄むと、怖い程の迫力が出る。
「きっと何か予定があったんじゃないかな。試験も終わって解放されたばかりなんだし」
「だったらそう言えばいいじゃない」
人の好さで今日子がフォローに回るも、綾瀬は容赦がなかった。
「たまに喋っても、ちゃんと伝わらなきゃ意味ないでしょ」
「う・・・ん、でもね、今日も思ったけど、先週くらいから葉月君の感じが、どことなく違うような気がするんだよね」
「もしかして、それが気になって葉月君に声を掛けたの?」
助け舟のつもりで訊くと、
「ううん。あ、葉月君だ、と思って呼んだだけ」
「・・・・・・ああ、そう」
つまりは、その行動に深い思索があった訳じゃない。
自分が声を掛けられていたのも、同じパターンだったのかと納得していたら、
「試験前からだから、勉強疲れなのかなぁ」
ピントの外れた呟きが洩らされた。
「・・・・・・誰が、勉強疲れですって?」
聞き逃せない一言だった。
「あの葉月君に限って、そんなことある訳ないでしょ」
戸惑う今日子の反応に、蓄積されてきた腹立たしさがこみ上げる。
「葉月君はね、あの成績取る為にどこで勉強してるのか訊かれて、“学校”って答えた人なのよ!」
思わず叩いてしまったテーブルの上のグラスが揺れ、カラリと中の氷が音を立てる。
「明日香さんだって見てるでしょう。あの男が毎日毎日寝てばっかりいるのを!」
同じクラスなだけに否定も出来ず、綾瀬に援護を求めようにも、しかめっ面で黙り込んでいるのを見れば、どちらの側に付くかは明白。
「えーっと、」
2対1の、この不利な状況下でも、今日子は葉月を見捨てなかった。
「もしかしたら、それは・・・」
「それは?」
綾瀬が厳しく先を促す。
「睡眠学習、とか?」
「・・・・・・は?」
「眠ることで知識が脳に定着するとかそんな話を聞いたことがあるような、って、そもそも定着させるモノ入れてなかったっけ」
フォローにもならないボケ。重ねての、一人ノリツッコミ。
「・・・有沢さん、今日子のこと、怒っていいから。全然、笑えない上に、なんか腹立つ」
怖いのを通り越し、今や物騒な空気を漂わせながら、綾瀬は続けた。
「それからわたし、今回はあの万年居眠り男に負けてると思うから、明日の発表で荒れた時には取り押さえ、よろしく」



←Back / Next→

小説の頁のTOPへ / この頁のtop

index / top


制作会社、出版社、原作者、そのほか各団体とは一切関係ありません。
サイト内にある全ての二次創作作品の著作権は 観月 や各々の作者に帰属します。
これらの作品の他サイトへのアップロード、複写や模写、同人誌としての出版は許可なく行わないで下さい。