翌日。
「葉月君、1番、だね」
「そうね」
「美咲、どっかで荒れてるのかな」
「氷室先生に出くわさなければ、大丈夫でしょう」
一拍の間の後、同時にため息をつく。
貼り出された期末試験の結果発表は、ある意味、予想どおりだった。
葉月珪は、いつも通りのムカつく首席。
取り押さえてと言っていたのに、先に一人で結果を見に行ってしまった綾瀬は、4位だった。
「有沢さんも、すごい点数だね」
「まぁ、今回は比較的いい方だと思うわ」
また3位という落胆はあるものの、横で今日子がしきりに、すごいねぇ、頑張ったんだねぇと繰り返すものだから、くやしがるのも大人げないような気になってしまう。
「わたしも次は本当に頑張ろう。88位だなんて、それも点数だけで見たら3桁まで順位が落ちてたとしても、おかしくないよ」
弟に馬鹿にされるどころか怒られると、半泣きの状態でこぼす。
「実際、3桁にならなかったんだから、いいだろうが」
苦いカオで、楠本真吾が話に加わる。
体育祭の二人三脚でお互いを指名し合うのは、出来上がっているカップルのみ、という俗説のせいで、楠本は綾瀬ファンの男子達から要注意人物としてマークされている。
(けど、まさか肉まんの買い食いで一緒に怒られた誼なだけ、なんて言っても、誰も信じないわね)
「俺さ、今までどんなに手を抜いても、2桁台だけはキープしてきたんだぜ」
ふざけたコトをぼやく割に、それほどショックを受けている様子はない。
こういうタイプが目標を定めた途端、とんでもない底力を出してくるのよねと、つい、成績基準で品定めしてしまう。
「お、葉月」
廊下の向こうからやって来るのを、目ざとく見つけた楠本の言葉に、居合わせた生徒たちの視線が集中する。
「やったな。首席だぞ」
「ん?・・・ああ」
これもまた、例によっての無表情な反応で、自分では確かめもしない。
ただ単に、ここを通りかかっただけ、とも言えそうだが、その緑の瞳はまっすぐに今日子へと注がれていた。
「葉月君、首席おめでとう。順位もだけど、点数もすごいね」
今日子の言葉にも、そうか、と呟くように答えただけだが、向かい合う位置で足を止め、そのまま見つめ続ける。
「・・・・・・おまえ」
注目を集めるだけ集めた間の後、何か言いたげに唇を開いた。
「なぁに?」
心のうちにあるものを、すべて打ち明けたくなるような、優しい声と表情で今日子が訊く。
けれど、逃れるように視線を逸らせた葉月は、横を向いたまま、ぽつりと言った。
「おまえは・・・・・・並、だな」
視線の先にあるのは、88位の試験結果。
ドン、と落ち込んだ今日子のショックを、たぶん、声の届く範疇に居た人間は共に体感したに違いない。
「あのな、葉月、牛丼の注文してるんじゃないんだぞ」
呆れる楠本の台詞は、フォローにも慰めにもならない。
「・・・・・・いいの、楠本君。今回は何を言われても」
昨日、言い訳はしないと言ったとおり、今日子はキリリと引き締めた顔を上げた。
「次は頑張るから。見てて、同じ失敗は繰り返さない」
握りこぶしで力強く宣言する。
「・・・・・・わたしも、数学だけは二度と落とさない」
「美咲 !?」
後ろを振り返って、怒りのオーラを立ち昇らせている綾瀬を目にし、
「綾瀬さんっ、落ち着いて!」
有沢は、今日子と左右から取り押さえた。
「大丈夫。わたしは冷静だから」
爆発寸前の空気をまとわせながら、言う台詞ではない。
「氷室先生にも、落ち着きが足りないって、指導を受けたばかりだしね」
会ってしまったのか、と有沢は嘆息をもらした。
始業前のこの時間、それも綾瀬が最も荒れているタイミングで遭遇するあたり、氷室とはよほど巡り合わせが悪い相性なのだろう。
「ね、美咲、順位としての結果だけに囚われちゃダメって、有沢さんも言ってたでしょ」
思わぬところで引き合いに出され、内心、慌てた。
誰よりも順位に囚われてきたのは、有沢なのだ。
「先生もね、言ってた。“これは君のベストではない。そうだな?”って」
「・・・・・・氷室先生・・・・・・」
言葉は救っているようでいて、その実、退路を絶っている。
結局のところ、最も容赦がなかったのは担任の氷室で、今日子も、綾瀬を浮上させる言葉ひとつ出てこない。
「綾瀬さん、明日香さんも、気持ちを切り換えましょう」
仕方がないと、有沢は一つの提案を試みることにした。
お節介かもしれないが、一時の慰めでは何の解決にもならないからだ。
「もしよかったらこの夏休みは、一緒にお勉強するのはどう?三人寄れば何とやら、と言うでしょう」
「やる!」
まず、今日子が嬉しそうに飛びついてきた。
「二人と比べてレベルが違いすぎるけど、頑張るから!ありがとう、有沢さん」
「・・・わたしもお願い。一人じゃ、先生に言われたこと思い出す度、頭から何もかも吹っ飛びそう」
今日子の素直な反応も、綾瀬の負けず嫌いも、昨日知った二人の性格から導き出した推測通り。
「まず、しっかり計画を立てましょう。今日の帰りは一緒でいいかしら?」
もちろん!と、トーンの違う二つの声がハモる。
「それじゃ、寄り道決定ね」
本当に、しっかりと計画を立てなければいけない。
昨日、今日子の家から帰る道すがら、
『もし、有沢さんの予定に空きがあったら、一緒にお店とか見て回らない?』
綾瀬に誘われていた。
今日子といえど文句の付けられない、それでいて可愛いテーブルランプを見つけてみせようと、もう、夏の予定は一つ入っている。
「期末が終わったばかりだってのに、さすが、トップを狙う人間は違うな」
冷やかす訳ではなく普通に感心している声に、楠本君まだ居たのと反射的に思い、振り返って、有沢は心の底から驚いた。
とっくに居ないと思っていた、というか存在を忘れていた葉月が、まだ、意思を持った瞳で今日子を見つめていた。
当の今日子は綾瀬の方に注意が向いていて、全く気付いていない。
やがて、葉月は諦めたように踵を返した。
遠ざかる背中が、葉月は今日子を探してここに来たのだと、有沢に悟らせる。
(明日香さんと、話したかったのね)
見た目からでは、その人の本当はわからない。
葉月も、あの外見から受ける印象と、中身が異なる可能性は大いにあったけれど。
(悪いけど、興味ないわ)
だって忙しいのだ。この夏は。
「そうだ、よかったら勉強の場所にウチを使って。時間によってはお昼でも夕飯でも作るから、好きなものリクエストしてね?」
「いいの !?」
今度は間髪入れずに、綾瀬が飛びつく。
「・・・・・・綾瀬さん、目的が変わってない?」
魅力的な提案だと有沢も思うが、些か調子が良すぎやしないか。
「あと、テーブルも今のより大きい方が、ノートとか広げやすいよね。商店街の家具屋さんでセールになってたちゃぶ台、奮発して買っちゃおうかな」
ノリノリの今日子に、
「その買い物待って!」
綾瀬と声を合わせてストップを掛ける。
探しに行くモノが、また一つ増えたかも知れない。
予想外なことばかり待っていそうな夏を思い、有沢は笑うしかないでいた。
- Fin -
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