□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

君の味方 3.


その日のバイトは、いつもより終わるのが少し遅くなった。
お客さまもデリバリーの注文も多くて、三人でフル回転しなければならず、休憩を自主的に縮めて夕食のベーグルサンドを詰め込むと、すぐに仕事へと戻った。
きりがないからと、休憩室兼ロッカールームに追い立てられて、着替えようとして足が棒のようなのに気付く。
(葉月君、今日は早くに来て大正解だったね)
本当に、あの時間だけがエアポケットのように()いていた。
常連さんが3人、それぞれ新聞や雑誌を読み耽っているだけで、暇だった。
もっとも、葉月には一杯飲み終える前に呼び出しが来た。
ブブッと携帯のバイブ音がした時、店内にいた人は反射的に自分のを確かめたのに、持ち主は一番反応の遅い葉月だった。
液晶のパネルに目を当てただけで、開くこともせず、残りのコーヒーを飲み干し席を立つ。
目が、合った。
「・・・・・・・・・」
なぜだか、じっと見つめられる。
深い緑の瞳が何かを伝えようとしてる気がして、言葉を待った。
一旦止んだバイブ音がまた鳴り出す。
視線が外された。
「今戻ります」
出るなりそれだけ言って切ってしまう。
「じゃあ、俺行く」
覚えのある不機嫌なトーンで言い、葉月は店を出て行った。
「それでな今日子ちゃん、混雑も気にせず、ゆっくり観れる場所を押さえてあるんだ。どうかな?」
「はい?」
生返事をしてしまってから、いけないと思った。
立花と話をしている最中だった。
「俺の周りの連中は皆、忙しくてね。一人で花火観ても、つまらないだろ?」
「彼女はこれから友達に幾らでも誘われるでしょうし、一緒に行きたい相手だっているでしょう。何だって、立花さんのようなオジサンと行かなきゃいけないんです?」
とうとうと述べ出したのは神崎だった。
「勿論、友達と行くならそっちを優先して構わないさ。いや、待てよ、俺の方で今日子ちゃんの友達みんなを招待するって手もあるぞ。大勢で観る方が、花火は楽しいからな」
「気の合った者同士、出来るだけ少人数で行くのがベストです。大体、立花さんのことを彼女の友達は知らないじゃないですか。せっかくの楽しいイベントで気を遣わせてどうするんです」
「そんな野暮なマネするか。俺は、女の子を楽しませるのは得意だ」
「あなたが誘うこと自体、野暮です」
「そこまでだ」
ピシャリと、マスターが止めた。
「立花、そろそろ時間だな?」
「へ?なんの?」
「もう戻る時間だろう。それから仕事が終わったら連絡をくれないか。遅くなろうが、何時でも構わない」
「あー、それはつまり、すべてにおいて拒否権は無しということか?」
「無い」
へぇへぇと、立花は残りのコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「今日子ちゃん、美味(うま)かったよ。話の続きは、また木曜日にしような」
「・・・あ、はい」
突然始まった掛け合いにびっくりしていて、反応が遅れてしまった。
「それじゃ、ご馳走さま。水橋、後でな」
隣りの椅子の背に掛けてあった上着を取り、立花は出て行く。
「さて、仕事に戻ろうか」
穏やかにマスターが言うのを合図に、ドアベルが鳴った。



それから後が、大忙しだった。
(立花さん、本気で言ってるのかなぁ)
まだ1ヶ月も先の話なのに、今から自分のような子供を誘う必要があるのだろうか。
社会人の予定は直前で結構変わるし、酒盛りしながら楽しめる、大人同士の仲間で(つど)った方が、楽しいに違いないのに。
着替えを済ませて、マスターと神崎に挨拶をして表へ出る。
(葉月君はまだ、お仕事なのかな)
「明日香」
「わっ、え、葉月君!?」
大股で近付いて来るのは、今、思い浮かべたばかりの人だった。
「悪い。急に声掛けて」
「ううん、大丈夫。葉月君、今から休憩?まだお仕事終わらないの?」
早い時間にコーヒー一杯飲んだきり、今日は夕食も取りに来なかった。
「今日はもう終わり」
「じゃあ、これからアルカードで夕ごはん?」
オーダーも一巡した後だから、今なら待たせず食事を出せると思ったのだが、このまま帰るという。
「でも、おなか空いちゃったでしょ。お(ウチ)までもつ?」
「大丈夫だ」
「じゃあ、急いで帰ろうね。お疲れさまでした」
「おまえもな」
並んで歩き出しながら、モデルって大変なお仕事だと、改めて思った。
こんな時間まで夕ごはんも食べずに働いていたら、自分ならきっと目が回る。
そこで、お腹が空いたから休憩にしましょうなんて、きっと絶対言えないのがモデルというお仕事なのだ。
「・・・おまえ、」
「なぁに?」
隣りを見上げると、横顔がある。
歩きながら話す時、葉月はいつも前を向いたまま。
そのせいか、正面からの顔よりも、横顔の方を沢山知っている気がする。
「・・・おまえは、ちゃんと食べたのか?」
「うん。今日はね、ハーブチキンのベーグルサンドとミネストローネ。けっこうボリュームもあるし、美味しかったよ」
「そうか」
すごく、興味のなさそうな返事だった。
葉月の好物はツナサンドで、店でのオーダーはいつも同じ。
飽きないのかな、とも思うけれど、アルカードでそれを食べるのを、楽しみにしているのかも知れない。
(実は人気メニューの一つだもんね)
「おまえ、」
「なぁに?」
こんな風に続けて話しかけられるのは珍しい。
(そういえば、お仕事に行く時、何か話したそうに感じたけど・・・)
「あいつ、名前で呼んでたな、おまえのこと」
「・・・あいつ?」
物言いたげな瞳を思い返していたせいもあったが、葉月が誰を指しているのか分からない。
「立花」
「あ、ああ、立花さん」
学校の方かと思ったのに違っていた。
「立花さんはね、女の子は皆、名前で呼ぶ主義なんだって。時々いるよね、そういう主義の人。 お父さんのお友達にも一人いるんだよ」
「・・・お父さんの、友達?」
「うん。そういえば、立花さんとタイプが似てるかも」
家に来る度、“ゆりさん、ゆりさん”と母の名前を連呼して、気安く名前を呼ぶな!と毎回、父とやり合っている。
「それより葉月君、立花さんのこと、あいつとか、呼び捨てにしたりしちゃダメだよ。わたしたちより、ずっと年上で、お客様なんだから」
「・・・俺だって、お客だろ」
「そうだけど、年長者であることには変わりないでしょ?」
「・・・年長者・・・」
「そうだよ」
強気を装いながら、心の中で今日子は焦っていた。
つい、弟にするのと同じように(たしな)めてしまった。
葉月は分かっていて、会話の中で気安くそう言っただけかも知れないのに、家での調子が出てしまった。
うるさい奴だと気を悪くしていないか、そっと横顔を伺う。
(だいじょうぶ、かな?)
葉月を不機嫌にさせてしまうポイントが、自分にはよく分かっていない。
今まで、同じ人をこんなに何度も不機嫌にさせたことはなかったから、気を付けなきゃと思っていた。
表情が読み取れないとか、パターンが分からないとか、言い訳している段階では、もうないのだ。
「立花さんはマスターと長い付き合いのお友達なんだって。アルカードにも同じくらい長く通ってて、 あ、わたしが特訓してもらってる間、ずっとお付き合いしてくれて、最終試験で太鼓判押してくれた常連さんて、立花さんのことなんだよ」
「・・・・・・ふーん」
(あれ?)
前を向いたままの横顔を伺う。
「えっと、葉月君は立花さんのこと、知ってる?」
「知らない」
(あ、あれ?なんで?)
会話をぶった切る素っ気ない物言い。
急にトーンの低くなった声。
距離は変わらないのに遠く感じる横顔。
「葉月君、今日は帰ってから夕ごはんだから、寝るの遅くなっちゃいそうだね」
「かもな」
(・・・・・・不機嫌になっちゃった)
沈黙が重い。
けれど、ここで黙っていると、もっと重くなっていくのだ。
(何か話題、えーと、えーと、)
でも、なんでだろう。
どこが気に障るポイントだったのか。
全然、わからない。
(ダメだなぁ、わたし)
葉月の気持ちに、気付くことが出来ない。
「明日、お天気だといいね」
返事は無く、それも、もっともだと今日子は思った。



「じゃあ、葉月君、また明日、学校でね」
分かれ道の公園まで来ても、葉月の様子は変わらなかった。
今夜はお風呂で大反省会をするしかない。
「おまえ、」
すぐに行ってしまうかと思ったのに、呼び掛けられて顔を上げると、まっすぐな瞳が自分を見つめていた。
「花火、行くのか?」
「え?」
「おまえ、好きだろ、花火。綺麗だから」
「う、うん」
確かに好きだけれど、突然、振られた話題についていけない。
「行くのか?」
「行きたいとは、思ってるけど・・・」
具体的にはまだ、何も考えていない。
「葉月君は行くの?」
何心もなく聞いたのだが、
「行く」
意外な程、はっきりとした答えが返ってきた。
「じゃあ、葉月君も」
「俺と来い」
命令するかのような強い口調だった。
「イヤか?」
「えっ、イヤじゃないよ。でも、」
「なら、来い」
表情の感じは不機嫌な部類のままで、繰り返す命令形が何だか怒られているような気にさせるけれど、内容は遊ぶ約束だ。
それに気付いた途端、嬉しくなった。
「うん。葉月君と一緒に行く」
あじさい苑で失敗したばかりだったから、しばらくは誘えないと思っていた。
花火のことも今日知ったばかりだけれど、葉月と行けるなら、それはとても嬉しい。
「・・・じゃあ、また明日」
話は終わったとばかり、踵を返す。
「うん。また明日ね」
同じように今日子もすぐに背を向けたから、葉月が詰めていた息を長く、深く吐いたことに、全くちっとも気付けなかった。



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