「貴様、出入り禁止にされたいか」
水橋の怒気を含んだ第一声にも、電話の向こうで立花は、鼻で嗤うだけだった。
『独占欲は恋の始まり、って言うだろう。知らないのか?』
「知らん」
『ぼやっとしてる男の背中を押してやったんだ。文句を言われる筋合いはないな』
「あの二人には二人のテンポがあるんだ。外野が余計な真似をするんじゃない」
たぶん、葉月は自覚していない。
自分の中で芽生えつつある感情に。
それは明日香今日子もきっと同じ。
これから二人で時間をかけて、育てて気付いてゆくだろう大切な感情は、外野が煽ったり、成長を促すようなことでは決してない。
『まぁ、普通はそうだろうな』
同意したかのように言う。
『だが、』
やっぱり反論してきた。
『あの二人はさっさとまとまって、今のうちに沢山楽しんでおいた方がいいぞ』
「だからそれが余計なお世話だと」
『今日、葉月が店を出る時、通り過ぎざま横目で俺を見たんだが、これが一人前に“男”の目でな。ついこないだまで、どこ見てんだか分からん目をしてたくせにだぞ?後で、笑った笑った』
言葉だけでなく、実際、今も笑っている。
「いい傾向じゃないか。葉月君の心が外に向いてきてるってことだろう」
『だから、あいつの中身と外見の吊り合いが取れた日には、のんびりコーヒー飲んでなんかいられないぞ、ってことだ』
「・・・・・・・・・」
『葉月は、容姿がいいだけのヤツじゃない。大体、壁作って周りの連中、拒否しまくってる今だって、あいつを無視出来る人間がどれだけいる?』
「・・・忘れているようだが、彼はまだ高校生になったばかりなんだぞ」
『だから、俺はそんなに短気じゃないと言ってるだろう。葉月も頑固そうなヤツだからな、一朝一夕には変わらんだろうよ。あの、森山が撮った別次元見てるような目、まぁ悪いとは言わんが、俺は今日のあいつの、独占欲丸出しでガンつけてきた目の方がよっぽど好きなんでね。味方はお前らがしてやれよ。俺はライバルとして今日子ちゃんを間に挟んでだな、ヤツの成長を』
「一ヶ月店に来るな。来たら叩き出す」
プチッと、通話を切る。
携帯では叩き切ることも出来ず、迫力に欠けること甚だしい。
“マスター、今日の葉月君、凄かったんだよ!”
遅い時間にドヤドヤとやって来たスタッフは、興奮した様子で話し出した。
“あんなに覇気のある葉月君見たの、初めてじゃないか?”
“瞳の力が凄くてな”
“表情が大きく変わる訳でもないのに、惹き込まれるっていうか、ちょっと、目が離せなかったな”
“横嶋さんがエライ勢いでシャッター切ってて、おかげでロクに休憩も無し”
“その分、予定より早く上がったが、こっちは腹が減るわ、喉渇くわ”
“葉月君も急いで帰ってったけど、何か見たいTVでもあったのかな”
“アホか。お前じゃあるまいし”
神崎は、終始、複雑な表情で沈黙していた。
自分も、接客上、熱心さに欠ける対応だったかも知れない。
これから、葉月を目掛けて来るだろう様々な厄介事を、想定するのは容易かった。
それを上手くかわして立ち回るなんてことが、葉月は不得手だろうと察することも。
だからと言って、何をしてやれるという訳ではなかったが、せめて。
(味方してやれ、か)
そんなことは、言われるまでもなかった。
木曜日。
カウンター左端の席に、水橋は予約席の札を置いた。
それは明日香今日子のバイトの日になると、水橋か神崎の手によって置かれるようになり、地味に虫除けとしての効果を発揮することになる。
けれどその札が“売約済”の意味を持つようになるまで、あと三年も掛かるとは、三人のOBの誰一人として、予測することは出来なかったのである。
- Fin -
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