□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

紫陽花 2.


「それで?葉月君、なんて言ってくれたの?」
期待を込めて、綾瀬美咲は身を乗り出していた。それはこの中庭で、輪になってお弁当を広げている宮野あい、桜井彩乃にしたところで同じ。
今日子がとても嬉しそうな笑顔を浮かべるのを見れば、どれほど気障な台詞が繰り出されようとも、動じた様子は見せまいと万全の構えをとる。
「休憩の時は、コーヒー飲みに来てくれるって」
「・・・・・・・・・それ、だけ?」
いやいやまさか、そんな筈はないだろうと、綾瀬が顔を引き攣らせれば、
「もう一言くらいあったでしょ?席を立つ時とか、店を出る前とか、メールは?電話は?」
宮野が畳み掛ける。
「席を立つ時に、ごちそうさん、て」
「・・・・・・・・・・・・」
無言になる宮野の隣りで、綾瀬は深くため息をついた。
なぜ二人がこんな反応をみせるのか、今日子には分からない。そこへ桜井が取り成すように、
「でも良かったね。常連さんのOKが出たその日に、葉月君にも飲んで貰えて」
今度、わたし達もアルカードに行くねと言えば、うん、来て来て、と、ますます嬉しそうなカオをする。
盛り上がる組と、ダダ下がる組。
反応は見事に真っ二つだった。
コーヒーを美味しく淹れるコツを桜井が訊くと、それに身振り手振りを交えて答える。
今日子は、愛想も張り合いもない葉月の態度を、全く気にしていないようだった。
「どうしたいんだと思う?結局のところ」
誰が、誰を。
その二つともを省略されても、宮野の言いたいことが綾瀬には分かった。
「こっちが訊きたい」
この前の体育祭から、もう十日経つ。
葉月珪と今日子が、この間どれほどの関心度でもって注目され続けているか、気付いていないのは当の本人達だけだ。
親しげな二人のやりとり、見事に呼吸(いき)の合った二人三脚の走り。
これだけでもネタ提供としては充分すぎる程なのに、他人に一切興味なし、そもそも視界に入ってない、冷たい、素っ気ない、愛想ないと評判の葉月が走り終えた後、“グラウンドに座り込んでしまった明日香今日子を、優しく支えて抱き起こした”ことは、とんでもなく衝撃的な光景だったらしい。
らしいというのは、その時、綾瀬は競技の真っ最中で、他人の事どころではなかったのだ。
綾瀬が見たのはアンカーの二人がゴールを決めた後の、コースの内側でヘタリ込んでいる今日子に、手を差し伸べている葉月だけだった。
そのシーンも、今日子が葉月の手を借りることなく一人で立ち上がったから、綾瀬は特別な感慨も抱かなかったのだが、競技の係員で、比較的近い位置から見ていた桜井によれば、そこだけが切り取ったように特別な、二人だけの空間だったらしい。
『何か、心にある大切な景色を思い出しかけてるような、そんな表情で今日子が葉月君を見上げてて、手を差し伸べてた葉月君の表情は分からなかったけど、ちょうど雲が切れて射し込んだ光に、透けるように髪がキラキラしてたのが、とても綺麗だった』
美術部所属の桜井が刺激されたのは絵心の方らしいが、手を差し伸べる葉月の姿は、宮野が明日は土砂降りと言い当ててしまうくらいには、有り得ない光景として映ったらしい。
(葉月君・・・とことん、冷たいヤツだと思われてるんだ)
今日子を通して葉月を見ているせいか、綾瀬には段々と、
(単に人付き合いが下手で、自覚のないマイペースな性格、ってだけじゃないのかなぁ)
本来の性分を察し始めていたが、大多数の人間は、そんなところに着目していない。
何物にも心を動かされず一人でいた葉月の視界に、明日香今日子が関心を持って個体認識されている。それがどういう意味を持つのか、とっとと、はっきりさせて欲しいのだ。
「葉月君てね、お仕事の時は凄いんだよ」
思考の海に浸っていた綾瀬の注意が、爆弾の投下によって一気に引き戻された。
「昨日、初めて撮影してるとこ見たんだけど、学校に居る時とは全然違うの。別人みたいって、あんなのを言うんだねぇ」
のん気なサマで、次々と爆弾発言を続ける。
(よかった・・・教室で食べなくて)
何気なく今日子の口から零れる葉月の話題に、今は声の届く範疇の皆が、耳をそばだてていた。
そしてこれが即、学内中に広まっていくのだ。
もちろん、尾ひれ付きで。
バイト先が隣同士で、撮影中の葉月を垣間見るチャンスさえ持っていることは、宮野や桜井とも申し合わせ、トップシークレット扱いになっている。
当然、今日子にも口止めしてあるのだが、
「同じ年なんて思えないくらい大人に見えて、葉月君の立ってるところが、あの空間の中心で、そこから空気が変わってくの。存在感ていう言葉を目で見た気がした」
印象的な出来事を前に、うっかり忘れてしまっている。
「それにね、」
ふふっと、悪戯っぽく笑う。
その表情に、綾瀬は不覚にもドキドキしてきた。
(もしかして、落ちたの?始まっちゃったの?)
普段とは違う姿を見て恋に落ちる。意識し始める。
ベタだが、あの外見だけはケチの付けようのない葉月の、モデルモードチェンジ状態なら、あってしかるべきなのでは。
いや、あるべきだ。乙女として!
「あんなに眠そうにしてない葉月君て初めて見たかも。葉月君、瞳も大きいんだね。いつも半分くらいしか開いてないから、わかんなかった」
無邪気にひどいコメントに、期待にふくらんだ乙女心はペシャンコになった。
宮野も桜井も肩を落とし、綾瀬は葉月に同情すら覚えた。
(今日子・・・外見には興味ないんだ・・・)
あの恵まれた容姿。
一つのタイプとして完璧と思うのに、魅力として映っていないこの現実。
いつか葉月がその気になったとしても、今日子を目覚めさせてその気を惹こうとするのは、けっこう大変なことかも知れないと綾瀬は更なる同情を寄せるしかなかった。



趣味は昼寝とジグソーパズル。
インドア派のようでいて、気分転換には外へ出る。
あったかくて気持ちのいい、芝生公園の木陰や、学校の屋上がお気に入りの場所。
でも、こだわる程ではないのか、硬いベンチで横になっても熟睡出来てしまう。
学校では寝てばかりいるせいか、いつも一人。
(構われるの、あんまり好きじゃないのかな?)
昼寝もパズルも、自分の好きなように楽しむ趣味だ。
(でも、お仕事は“モデル”なんだよね)
外からほんの少し垣間見るだけの自分にも、沢山の人と関わらなければ、成立しない仕事だというのは分かる。
(モデル始めたきっかけって、(なん)なんだろ。やっぱりスカウト?)
けれど、それこそ応じるようなタイプとは思えない。
自室のベッドに寄りかかり、はばたき市の観光マップを膝の上に広げたまま、今日子は思いを巡らせていた。
(お仕事中の葉月君は、すごくカッコよかったけど、あんなに普段と違って見せるのは、それだけ疲れるんだろうな)
だから学校では寝てばかりなのかと思うけど、仕事のあった翌日以外の日もよく寝ているから、疲労回復の後は、そのまま趣味へと移行しているのだろう。そう考えるとやっぱり、
(一番は芝生公園でお昼寝かなぁ)
むずかしい表情で、地図に目を落とす。
(ふかふかの芝生に寝転んで、木陰でお昼寝。これが一番好きなのは間違いないんだけど、)
そうやって過ごすのなら、
(わたし、要らないよね)
寂しくなってしまい、シュンと表情を変える。
(のんびり出来て、気分転換にもなる所、あとは・・・臨海公園)
歩くのは苦にならない性質(タチ)らしく、前に一緒に行った時は、広い公園中を散歩して回った。
(けどそれも、もう暑いかな)
六月も半ばを過ぎると、晴れた日の陽射しは夏を思わせる。
モデルという仕事を考えたら、日焼けはNGではないかと、自分よりも白いと思える顔や腕を思い浮かべる。
(やっぱり森林公園がいいかも。並木道を歩けば日焼けしないし、緑が多いとこの方がいいよね)
でも、とまた迷う。
誘うのなら、普段、一人でも行くのとは違う、新しくお気に入りになるような場所にしてみたい。
どこかいい所はないか、こういうコトにやたら詳しい尽に訊いてみようと思いかけ、慌てて考えを翻した。
(そんなの相手によって変わるとか言って、誰と行くのか訊き出そうとするに決まってるじゃない)
“おれは、姉ちゃんとずっと一緒に居るよ”
ちっちゃな頃、そう約束してくれた弟は、本当に傍に居てくれた。
それは嬉しかったけれど、
(今は一緒に居ても文句ばっかり)
とろくて頼りない姉の将来が心配なのだというが、大きなお世話だと思う。
(でも、この頃、誰かイイオトコはいないのかって、うるさく言わなくなったよね。そういえば)
以前は、そう、この街に引っ越してくる前は、誰かと遊びに行けば、どうだった?としつこく訊いてきたのに。
(葉月君に勝手に携帯の番号教えたこと、怒ったのが少しは効いたのかな)
それで、思い出した。
すぐさま身体を起こし、机について、ノートパソコンを起動させる。
(植物園て手があったじゃない)
一度、一緒に行ってはいるが、あの時は短いルートしか回らなかった。
緑はたっぷりで、中はかなり広いからのんびり出来るし、お昼寝向けのポイントだって、散歩しているうちに見つけることが出来るかもしれない。
今は何が見頃だろうと、早速、サイトを確かめると、あじさい苑が開催中とある。
「これいい!葉月君、好きそう」
嬉しくなって、開花状況を見てみたら、
「あ、あれ?」
全体の、半分くらいのポイントが、見頃を過ぎかけている。
「うーん、どうしよう」
今週末ならぎりぎり楽しめそうだが、今日はもう水曜日。
急な誘いにならないだろうか。
時間も気付けば23時近い。
(葉月君、まだ起きてるかな)
携帯に手を伸ばし、訊くだけ訊いてみようかなと、もう今日子は発信ボタンを押していた。
「・・・はい」
待つほどのこともなく、低い、感情の表れない声が応じた。
「こんばんは、明日香です。遅くにごめんなさい。葉月君、もう寝るところだった?」
「・・・まだ寝ない」
「それならよかった」
さすがに寝足りたのだと思った。
今日は五時限目の数学以外、朝から放課後まで寝倒している。
数学以外の科目の教師陣は、もう葉月を起こすことを諦めてしまっていた。
「あのね、葉月君」
同じ状態の中等部時代、それでも成績は学年トップだったというから、典型的な短期集中型なのだろう。
「今週の日曜日、もし暇だったら植物園に行かない?急なお誘いになっちゃったけど、紫陽花がね、まだ楽しめそうなの。どうかな?」
「・・・・・・」
沈黙の間が空く。
今日子はおとなしく答えを待った。
「・・・別に、行っても構わない」
「ほんと!ありがとう」
まったく乗り気を感じさせない反応だったが、行くと言ってくれただけで、今日子は満足だった。
「じゃあ、待ち合わせは」
朝は、ゆっくり過ごせるようにと、現地集合での時間を考えて言うと、
「通り道だろ、公園。近所の。だから、そこでいい」
ぼそぼそと付け加えられた言葉が、明確なイメージを伴って浮かぶまでに少し掛かった。
「ええと、分かれ道のとこの、あの公園で待ち合わせってこと?」
「ああ」
言われてみれば、同じルートを辿って目的地を目指すのに、別々に行くこともない。
「そうだね、そうしよっか」
待ち合わせ場所の変更に合わせて、時間もその分、早める。
「じゃあ、また明日、学校でね」
電話を切ると、嬉しい気持ちが一気に溢れてきた。
また一緒に遊びに行けると思うと、楽しみでたまらない。
「早く日曜日にならないかな」
綾瀬が見たら、また期待してしまいそうなほど幸せなカオでいる今日子に対して、携帯をテーブルに戻した葉月の表情は沈んでいた。



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