□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

黎明 2.


絵に描いたような、三段重ねのホットケーキ。
トップには、たっぷりすくったバニラアイスクリーム。
食べやすくカットされた苺が可愛く散って、ご丁寧にホイップクリームまで添えられている。
耐熱ガラスのミルクピッチャーからは、熱々のキャラメルソースが、一際、甘い香りを主張していた。
「コーヒーはブラックかカフェオレ、どっちがいい?」
リクエストまで受け付けてくれる父に、カフェオレと答える。
「わかった」
鼻歌まじりの不気味なハイテンションで、キッチンカウンターの向こうへ父が行った隙に、
「もしかして、アレ?」
向かいの尽へ、こそっと囁く。
「展開が気に入らないんだって」
姉の方へ身を乗り出し素早く囁き返すと、何食わぬ顔でミルクピッチャーを取り上げ、焦げ茶色のキャラメルソースをドボドボとホットケーキにかける。
(てことは、夕飯も?)
原稿に詰まると家事に逃避する父は、その煮詰まり加減によって、特に料理に没頭する。
わざわざ車で買出しに行き、キッチンで凝った料理を作り続ける。
『雑念が払われて、頭の中、真っ白になっていいぞ』
真っ白になったら、まずいんじゃ、という子供二人の疑念をよそに、上手く行けば、父は煮詰まりから脱却する。
だから、父の気分を落ち込ませぬよう、並べられた料理はすべて平らげるのが子供の役目なのだ。
「どうした?アイスが溶けないうちに、早く食べなさい」
熱々のカフェオレをコトリと置かれ、今日子はナイフとフォークを取り上げた。
ホットケーキは好きだ。けれど、
(おやつに三段?多いよ!それにこれ、)
一切れ口にすると、広がる甘み。
(バナナホットケーキだ・・・)
すり下ろしたバナナがたっぷりと入ったそれは、一枚で満足のボリュームがある。
とろけ落ちるアイスはバニラビーンズ入りで、苺も奮発したのか、完熟して甘い。
単品でなら、とびきり美味しい一つ一つも、こう重なると、
(甘いよぉ)
明日香家の男どもは甘党で、今日子もキライではないのだが、年頃の女の子ゆえ、どうしてもカロリーが気に掛かる。
「夕飯は、チーズフォンデュにしたからな」
「えっ、わっ」
ちょっぴりカタチだけ、たらす筈のキャラメルソースが、たっぷん、とかかってしまう。
落ちてしまったソースは戻せない。
(走ろう)
夕飯の前に、せめてこの、おやつで摂取したカロリーを消費してこようと心に決める。
「どうだ?学校は順調か?」
「うん、大丈夫」
二杯目のコーヒーは、許される限り濃いブラックにして貰おうと考える。
「クラブどうすんの?」
こちらは、コーヒー風味のアイスミルク、つまり、気持ち色のついた牛乳をお代わりした尽が訊く。
「もしかしたら、野球部にするかもしんない」
(出た!姉ちゃんのお人好し)
同じことを思ったに違いない父と、尽は目を合わせる。
去年、学校見学に来た文化祭で、手芸部のファッションショーを見て、
『きれーい、いいなぁ、あんなのやってみたいなぁ』
入学出来たら、思い切ってチャレンジしてみると楽しみにしていた。
それなのに、綾瀬美咲とクラブ見学に行った一つ目の野球部で、熱烈大歓迎を受けて、逃げられなくなっているらしい。
(あったりまえじゃん。そんなの)
新入生bPの美人と言われている美咲ちゃんと、ちょっと負けるけど可愛い姉ちゃんが揃って来たのを掴まえ損ねるようじゃ、
(はば学の野球部に未来は無いね)
人手が足りないから是非来て欲しいと懇願され、
「美咲も一緒にやろうよって言うし」
今日子の弱いパターンに陥っている。
なるほど、野球部より美咲ちゃんの誘いが断れないんだなと、尽は見抜いた。
「どうしよう」
悩む今日子の手は、ナイフとフォークを持ったまま止まっていて、アイスがどんどん溶けていく。
「まぁ、よく考えて決めなさい」
父の一言で、そうだねと、やっと食べ始める。
この、のんびりした姉が意外にテキパキこなすところを見たら、もう絶対、逃がさないだろうなと、尽は姉の野球部入りを確信した。



「はーい、葉月クン、目線こっちで」
カメラマンの指示に淡々と応えるモデル葉月珪の、もう十年この仕事をしていますと言って通りそうな表情の下は、またもグルグルだった。
『いってらっしゃい』
それほど、驚くようなことを言われた訳じゃない。
従姉の家から通っていた頃は、朝、出掛ける時、交わされる普通の挨拶だった。
一人で暮らし始めてからは、聞かなくなった言葉だけれど。
『いってらっしゃい』
背中を、向けなければよかったと思う。
そうすれば、この言葉を言った時の、今日子の顔が見れたのに。
「オッケーです!おつかれさま、葉月クン」
やけに順調に進んだ撮影は、予定より随分早く終了した。
「すごくよかったよ、葉月君」
「どうも」
褒められて、ぼそっと答える。
「今日は調子良かったみたいだね。何かイイコトでもあったとか?」
「いえ・・・別に」
「そう?ま、とにかく、おつかれさま」
葉月珪の愛想の無さはいつものことと、このスタジオでは知られていたから、スタッフにサラッと流されて終わる。
着替えて、撮影所の外に出たのは、20時過ぎ。
葉月珪の調子がいいうちにと、短い休憩を挟むだけで撮影が行われた為、まだ夕食を摂っていない。
帰って仕度するのも面倒だと、隣りの喫茶店、アルカードへ寄った。
従姉との待ち合わせにもよく使った、アルカードのマスターとは顔見知りで、店は一杯だったが、
「よかったらどうぞ、葉月君」
カウンター隅の、常連席を勧めてくれる。
礼を言って、ツナサンドとコーヒーを頼んだ。
「で?どうすんだ?次のコは」
隣席の、珪もたまに見掛ける中年の男性客が、マスターとの会話を再開した。
「今、ちょうど新入生がバイト探し始める時期だろ。募集の告知するなら、早い方がいいぞ」
「まだひと月先の話だからね。待ってるうちに、もっといい条件のとこに目移りするだろ」
忙しく手を動かしながら、気のない様子で答えている。
バイトの募集するのかと、聞くともなしに聞いて、そう言えば、あいつが挙げた中に喫茶店は入っていなかったな、と思う。
明るいし、自分と違って愛想もいいし、あいつに合ってるんじゃないだろうか。
『葉月君は、作る側の方が合ってそう』
そんなことを言われたのは初めてだった。
昼寝とジグソーパズル以外に好きな、シルバーのアクセサリー作り。
中々、思い通りには作れないけれど、時間を忘れるぐらいには、楽しいと感じている。
(合ってる、ってことか?俺に)
少なくとも、仕事にするなら、モデルよりこっちの方がいいのは確かだ。
せっかく早く終わったし、帰ったら、次に作る指輪のデザインを考えてみようか。
悪くない気分で、前に置かれたコーヒーのカップを取り上げた。



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