キラキラする木洩れ日の下で、ワクワクしながら待っていた。
約束の時間まで、あと少し。
「けいくーん」
大きな声が名前を呼ぶ。
ここまで走って来たのか、息を弾ませている今日子は、カオいっぱいの笑顔になると、あっという間に駆け寄って来た。
「そんなに急いだら、転ぶだろ」
照れくさくなって言うと、
「へいき!かけっこ、じょーずなの」
得意そうに答える。
「それに、はやく、けいくんに会いたかったんだもん」
うれしそうに笑っている。
「おはなしの絵本、もってきた?」
「ほら」
びっくりさせようと、背中に隠していた絵本を、今日子の前に広げてみせる。
「わぁ、きれい」
祖父の物である絵本は、子供向けの薄いそれではなく、装丁も美しく、立派なものだった。
「あっちで読んでやる」
鳥居の脇にある、子供なら二人並んで座れそうな平べったい石を指す。
先に来た珪は、ちょうどいい場所を探しておいたのだ。
ところが、
「けいくん、わたし、あそこがいいな」
今日子がねだるように、腕を引っ張る。
「お姫さまのいる教会。もういっかい行きたい。つれてって、けいくん」
昨日、帰る時、今日子は何度も振り返って、ステンドグラスを見上げていた。
俺とおんなじだと、嬉しくなる。
自分と同じように、今日子もあの教会を好きになってくれた。
「うん、いいよ。お話、教会で読んでやる」
「ほんと?」
「うん。行こ」
手を差し出すと、飛びつくように小さな手が、つかまる。
「ありがとう!けいくん」
その手をギュッと握り返す珪も、いっぱいの笑顔になる。
「行こ!」
手をつないで、駆け出した。
「葉月君」
(来た)
背を向けたまま、無意識に珪は構えていた。
「今、帰り?」
隣りに来た今日子に問われ、やむなく、目を合わせる。
「ああ」
「一緒に帰ってもいい?」
「・・・途中までなら」
足りない言葉に、今日子が少し、首を傾げる。
「これからバイトだから」
「あ、もしかして、モデルの?」
なんで知ってるんだろうと、不思議に思いながら頷く。
「そっか、大変だねぇ。じゃあ、途中までね」
何が嬉しいのか、ニコニコして言う。
(けど、こいつは毎日、こんな感じだな)
教室で見ていると、珪には退屈なだけの学校が、今日子には楽しくて仕方がないらしい。
(ヘンなヤツ)
手持ちの言葉は少なくて、隣りを歩く今日子を表わす言葉が、他に見つからない。
「モデルのバイトって、週に何回くらいあるの?」
「2回。・・・増えることもあるけど」
呼ばれた日にスタジオに行って、与えられた仕事をし、終わったら帰る。
請われるままの珪に、自分から仕事を取りに行くという発想はない。
「大変?」
「それなりに」
撮影そのものより、付随してくることの方が、珪には面倒で、うっとおしかった。
「そっかぁ。やっぱり、大変なんだね」
感心したように、今日子は一人で納得している。
こいつも、モデルに興味があるんだろうか。
バイトを始めてから、何人もの女の子に、あれこれ聞かれた。
どんな風なのかという問いかけに、
『用意された服を着て、カメラの前で立ってる』
答えたら、露骨に失望された。
「わたしもバイトしてみたいなぁ。雑貨屋さんか、ケーキ屋さん。本屋さんもいいよね」
なんだ、そっちかと、拍子抜けする。
「あと、お花屋さんでしょ。高校生にバイトさせてくれるのって、他にはどこかな」
「さぁ」
よくは知らないが、
「片寄ってるな」
「え?」
きょとんとして、見上げてくる。
「売り子ばかりだ」
大きな瞳をパチッと瞬きさせ、考えるように首を傾げると、
「ほんとだ」
今、気が付いたのかと珪は呆れた。
「バイトっていうと、お店でお客さんに何か売ってるイメージがあるんだよね」
つまり、子供のお店屋さんごっこのノリかと思う。
もしかして、こいつはあの頃から全く成長していないんだろうかと、失礼なコトを考える珪に、今日子はその疑いに確信を持たせてしまうような、無邪気なカオを向けた。
「葉月君なら、何をやってみたい?」
ありきたりな問いかけにも、珪は答えられなかった。
どこに居ても感じる違和感に悩まされてばかりで、自分から入っていきたいと思う場所など、一つも思いつかない。
「何が合ってそうかな、葉月君だったら」
無言の珪の代わりに、左の頬に手を当て、考え込んでいる。
無意味なことをすると思いながら、今日子が導き出す答えに気を引かれた。
こいつの瞳に、今の俺はどう、映ってるんだろうと。
「あ、作る人!」
ぴったりくる答えを思いついたとばかりに、手を打ち合わせる。
「葉月君には、作る側の方が合ってそう。どうかな?」
どうかと言われても、こんな漠然とした問いかけでは、尚更、珪には答えられない。
「・・・なんでだ?」
質問で返すことで、やっと口を開く。
「なんとなく!」
根拠すらないのに、自信ありげに言い切る。
「たとえばね、お店でお客さんにケーキ売ってる葉月君より、奥の厨房で作ってる葉月君の方が、ピタッとイメージに嵌まるんだもの。葉月君は、ケーキ売るのと作るの、どっちがいい?」
「・・・どっちも、あんまり」
「え、ダメ?じゃあね」
また考え込む今日子を横目に、珪は心がざわつくのを感じていた。
(なんだ?この感じ)
不快ではない。
けれど、落ち着かない。
「パン屋さん、じゃ、あんまり変わんないか。それより、食べ物屋さんから離れた方がいいのかな」
ひとりごとを言いながら、一心に、珪に似合いそうなバイトを考えている。
「別にいい・・・もう、してるから。バイト」
口から出た言葉も声も、この場には合っていないと感じた。
こんな素っ気ない態度を取るところではない筈だ。
「そういえば、そうでした」
笑っているらしい今日子の気配に、クラリと珪の気分が変わる。
イライラする。なんだか、とても。
「じゃあ、俺、行くから」
坂を下りきったところで、少し遠回りになるが別れようとする。
早く、一人になりたかった。
「あ、うん。じゃあ、」
顔も見ずに背を向けてしまう。
「いってらっしゃい」
その柔らかな声で届けられた言葉は、珪の心の真ん中に、ストンと落ちた。
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