□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

再会 4.


その週の土曜日。
学校からの帰り道を辿る葉月珪の、表情はクールそのものだったが、心の中は混乱しきっていた。
朝、学校へ行くと、明日香今日子が居る。
後ろの席の女の子と、楽しそうにお喋りする声が聞こえる。
今朝など、下駄箱の所で会ってしまい、
『おはよう、葉月君』
ニコッと挨拶された。
長い時間の果てに、突然、現れた明日香今日子は、昔とちっとも変わっていなかった。
まず、見た目が変わらない。
サラサラ素直そうな髪は、肩につく長さ。
(細くて、やわらかいんだ)
触ったこと、あるから知っている。
それから、黒目がちの大きな瞳。
(驚くと、まん丸になるんだ)
面白くて、何度もびっくりさせようとしたから、知っている。
小さかった手足や、背丈は、すんなり伸びていたけれど、
(あたりまえだ。何年経った)
何年も経っている筈なのに、昔と同じ笑顔がそこに在る。
時間の感覚が、おかしくなりそうだった。
「よぉ!葉月」
(馴れ馴れしいな)
ムッとして立ち止まった珪の前に、小さな身体が走り出てきた。
(・・・似てる)
そっくりだった。明日香今日子に。
それも、今のではなく、昔の今日子に。
クリクリした瞳に覚えがあった。
何か、そう、内緒の話を打明けようとする時の、このカオにも。
(・・・縮んだ?)
「いきなり声掛けて悪いな。俺は、」
喋り出したそのコの前に、珪はスッと膝を折った。
同じ高さで視線を合わせると、びっくりしたように目を丸くする。
(やっぱり、似てる。でも、)
髪は、ここまで短くなかった。
カオも、こんなに生意気そうじゃなかった。
似てるけど、昔と違う。今とも違う。
(あたりまえだ。よく見ろ。こんなに、)
「小さい」
(人が縮む訳ない)
「悪かったなっ」
怒ったカオで怒鳴られた。
考えていたことの、どの部分を口に出していたのか、珪は分からなかった。けれど、
「別に悪くない」
こいつのせいではないと思って言った。
どうにも調子が狂っている。
(早く帰って寝よう)
立ち上がって行こうとすると、
「ちょっと待った!」
呼び止められたが、振り向かなかった。
「待てって、言ってるだろ!」
タタッと、前に回り込んで来る。
「ほらっ」
勝手に手を掴んで、紙片を押し付けられた。
「掛けてみろよ。そこに葉月の運命の相手がいる」
ビシッと、人差し指をつき付け、
「いいか、掛けろよ!ゼッタイだからなっ」
くるっと背を向けると、ランドセルを揺らして、あっという間に走り去って行った。
(やっぱり・・・・・・似てる。男だったけど)
黒のランドセルに、半ズボン。最後に気付いた。
手の中の紙片を開くと、携帯の番号と思われる数字が並んでいる。
(そういえば)
『あのね、わたし、弟がいるんだ。でね、すっごく泣き虫なの』
もし、あの生意気な小学生が、その泣き虫の弟だというなら。
携帯を、珪は取り出していた。
運命の相手、などという大げさな言葉は、珪の耳を素通りしていた。
ただ、この番号が明日香今日子に繋がっているのかを、確かめたかった。
3回のコールの後、
『はいはい』
もう忘れることの出来ない声が応えた。
 
 
 

 
日曜の昼下がり。
公園通りを歩く珪は、疲れきっていた。
昨日は、あの後、さんざんな目に遭った。
紙片に書かれた番号は、本当に、明日香今日子に繋がっていた。
間違えようのない声に、そのことを知ったけれど、
『誰だ?』
確かめてしまった珪に、
『え?あの、明日香今日子ですけど・・・・・・』
不思議そうな声で、答えてくれたから。
(バカみたいだ。俺)
動揺してしまったのだ。
『ああ、入学式の時・・・・・・あ、俺、葉月』
同じクラスで三日も経つのに、朝は、おはようと声を掛けてくれてるのに、まるで、入学式から一度も今日子を見ていなかったような、名乗りをしてしまった。
じゃあ、また、と電話を切り、家に帰ってからも落ち着かなくて、目的もなく、外に出た。
ふらふらと歩いて、芝生公園でぼんやりして、なんだか寒いと思ったら、いつの間にか寝ていた。
辺りはもう暗くて、身体も冷えきり、こんなことなら部屋で寝てればよかったと家に戻れば、置いたままの携帯にも家の電話にも、山ほど留守電が入っていた。
16時から仕事だったことを、きれいに忘れていたのだ。
大遅刻で撮影所に行き、怒られて、仕事をして、でも全部終わらなくて、日曜なのに朝から残りの撮影をさせられた。
(今度こそ、帰って寝よう)
寝てしまえば、何も考えずに済む。
そうしないと、追ってしまう。
(似てるな)
そこの雑貨屋から出てきた女の子が、明日香今日子にそっくりだと。面影を見つけてしまう。
「あれ?葉月君、こんにちは!」
「・・・・・・」
「・・・葉月君?」
「・・・今度は、本物」
「え?なぁに?」
「いや、こっちのこと。おまえ、なんで居るんだ?」
すぐに、またバカなことを言ったと思った。
同じ高校に通っているのだから、もう、居ても不思議はないのに。
「あのね、」
珪の混乱に気付く訳もなく、明日香今日子は、ふふっと微笑った。
「探検」
「・・・探、検?」
「うん。買い物に来たんだけど、お天気いいでしょ?だから、あちこち見てみたくなったの。この通り、可愛いお店がいっぱいあるね」
(こいつ・・・)
本当に、変わってない。
『けいくん、お天気いいから、たんけんしようよ』
天気がいいと、どうして探検することになるのか分からない珪に、今日子は得意気に言った。
『だって、たんけんて、わくわくを見つけるんでしょ?お日様がキラキラしてる日は、きっと見つけやすいと思うの』
わくわくを、宝物のひとつだと思い込んでいたあの日と、目の前の今日子は同じカオをしている。
「今ね、そこのお店で植物園の割引券、貰っちゃった。この近くなんだって。わたし、植物園て行ったことないんだ。葉月君はある?」
「ない」
「じゃあ、一緒に行かない?」
「え?」
今度は、さすがに動揺が表に現れた珪に、明日香今日子は、いけない、というカオになった。
「ごめんなさい、急に誘ったりして。その、なんだか楽しくて、ちょっと今、浮かれてて、えっと、あの、」
言っているうちに、自分の唐突な言動が恥ずかしくなったらしく、頬がピンクに染まっていく。
「あ、じゃあ、わたし行くね。急に呼び止めたりして、ごめんなさい。じゃあ、」
「行ってもいい」
「え?」
じりじりと、この場から逃げ出そうとしていた明日香今日子の足が止まる。
「植物園」
「・・・ほんと?」
見上げてくるカオは、びっくりしていて、目がまん丸になっている。
「来いよ」
歩き出すと、慌てて付いて来た。
横に並んだ明日香今日子の、見上げてくる視線を感じる。
背は、頭一つ分、珪の方が高かった。
「えっと、葉月君、何か予定なかった?わたし、邪魔してない?」
一緒に行こうという誘いは、今から、という意味ではなかったが、そんな釈明をする勇気は今日子には無かった。
「特にない」
昼寝が予定というなら、昨日から邪魔されている。
無言のまま、自分のペースで歩く珪に、しばらくは黙って今日子も付いて来た。
時折、話をしたそうに見上げてくるが、自分から会話を紡ぐ芸当など、珪に出来る筈もない。
やがて、
「葉月君」
今日子の方から、話し掛けてきた。
「さっきの雑貨屋さんでね、わたし衝動買いしちゃったんだ」
カサリと、袋から髪飾りを取り出す。
白い花で飾られたバレッタだった。
「学校には、ちょっと付けていけないなぁ、って思ったんだけど、どうしても欲しくて。 記念てことでいいかな、なんてね」
甘い言い訳だよね、と照れたように微笑う。
「いいんじゃないか」
「葉月君?」
「俺、好きだ。そういうの」
「あ・・・ありがとう、葉月君」
カサっと、うれしそうにバレッタをしまった。
今、付けないのか?と珪は思ったが、口に出しては違うことを訊いた。
「記念て?」
「あ、それはね、この街に戻ってきた記念」
ドクンと、鼓動が跳ねた。
「わたし、ちっちゃい時、この街に住んでたんだ」
ドクン、ドクンと、跳ねた鼓動が早まっていく。
「そう、なのか?」
「うん。葉月君は?ずっと、ここに住んでるの?」
「いや・・・ずっとじゃない」
ずっと、離れていた。
「わたしはね、小学校に入る前に、引っ越したんだって」
だとしたら、待っていると約束した半年後には、今日子もここを、離れたことになる。
(そうか……なら、やっぱり居る筈なかったんだ)
帰国した時、珪は一度だけ教会へ行った。
そこに、誰も待っていないことを確認する為に。
鍵の掛かった扉の前で、約束の記憶を心の奥底に沈めて、それからずっと、足を向けたこともなかった。
「植物園、混んでるかな?もう午後だから、大丈夫だよね」
楽しそうな今日子の横を歩きながら、珪は考えずにはいられなかった。
(おまえは、わかったのか?俺のこと。約束・・・覚えてるのか?)



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