『シンデレラ』の舞台は、綾瀬とアリスが持つコネクションの総結集と言ってよかった。
脚本に始まり、衣装、小道具、セット、スタッフ、ある限りの手を尽くした。
もっとも、対価としての葉月珪と明日香今日子は、値としては最高値だったので、協力を得るのはそれほど難しいことではなかった。
出演者のメイクを担当したのは、プロの本宮だった。
もう一回、今日子のメイクをしてみたかったと、アリスの頼みを二つ返事で受け、葉月珪の『王子』で仲間を釣り、本番の3日前から準備に参加した。
「なんとか、間に合ったみたいね」
最後の一人を仕上げ、本宮は、ほっと息をついた。
「ありがとう、本宮さん」
助手代わりに手伝っていたアリスが礼を言う。
「どう?わたしの腕前?」
「もう、サイコー!」
ツンケンした印象が強く持たれていたアリスは、近頃、率直な可愛げを、ずいぶんと表に現すようになっていた。
今日子という女友達を得たせいかと本宮は思っていたが、はば学に来て、そればかりではないことを見て取った。
「アリス、ちょっと来て!」
有沢に呼ばれて走って行くアリスを、クスッと本宮は見送った。
「どうしたの?」
舞台袖で、椅子に掛けている今日子を、綾瀬、有沢、日向琴の3人が取り囲んでいた。
「今日子がすっごく、アガっちゃってるの」
言われて見ると、顔色は紙のように白く、膝の上できつく組み合わせた手に視線を落とし、細かく震えている。
「大丈夫!あんなに沢山、練習したじゃない」
日向琴の励ましにも、
「・・・うん」
「台詞だって、飛ばしても、アドリブで凌いでも、怒らないから」
有沢のピントの外れた慰めにも、
「・・・うん」
「さっきから、うん、しか言わないのよ」
ここに来ての今日子の有様に、さすがの綾瀬も参っていた。
「昨日のショーは、あんなに落ち着いてやれてたじゃない。どうしちゃったの?」
「・・・うん」
アリスの言葉も、耳に入っているか怪しかった。
「おう、葉月、呼んできたぜ」
鈴鹿が、楠本と話していた葉月を連れてきた。
冒頭のシーンは王子の私室から始まるので、白いシャツブラウスの襟元をくつろげ、ラフなスタイルだった。
「どうしたんだ?」
女4人に囲まれている今日子を見て、アリスと同じように問い掛ける。
「今日子がアガッて、どうしようもなくなってるの」
何とかしてと、綾瀬が目で訴える。
「どうしてアガるんだ?」
使えない―――。
日向琴までも含む女四人が、心の中で舌打ちした。
「今日子」
使えない男の呼びかけに、今日子はやっと顔を上げた。
「・・・珪」
初めて、うん、以外の言葉が出た。
「どうしよう・・・台詞が一個も思い出せない」
情けない言葉に、えっ !?と、綾瀬と有沢が顔色を変えた。
「なぁ、」
おもむろに、今日子の前に片膝をついた。
「手、貸してみ」
「・・・手?」
ガチガチになっている今日子の両手を解きほぐし、右手を取る。
「ここ」
低く響くやさしい声で言った。
「緊張をほぐすツボ。昔、祖父さんに教わった」
ガクンと、心配そうに見守っていた鈴鹿と楠本の膝が砕けた。
数回、ツボを押し、
「落ち着いたな?」
(そんなんで、落ち着くかっ !?)
全員の、声にならないツッコミに反して、
「・・・うん」
今日子は頷いた。
「最初の台詞は?」
「“ええ。とってもきれいよ、ユリア”」
なめらかに台詞が口を突いて出る。
「大丈夫だな?」
「・・・ん。ありがとう、珪。がんばろうね」
微笑ったのを確かめると、葉月は立ち上がった。
『これより、はばたき学園、学園演劇“シンデレラ”を開演致します』
開演を告げるアナウンスが流れた。
「行ってくる」
自身は落ち着き払って、舞台に出て行く。
「この場面で、祖父さんのツボかよ」
「ダメだ。あいつ、面白すぎる」
鈴鹿と楠本は、しみじみと頷き合った。
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