□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校3年

陽の光 1.


何が、ダメだったんだろう。
昼休み、屋上で秋の空の(もと)、葉月珪は考え込んでいた。
夏中、珪は頑張った。
花椿とアリスの二人から、今日子を奪い合い、デートに誘い倒した。
受験勉強だ、ビリヤードの練習だと、口実を設けては二日と空けず会った。
ナイトパレードのような人が多い場所では、迷子になるなよという言葉を符号に、自然と手を繋ぐようにもなった。
二人でいることが、あたりまえのような空気を感じていた。
今日子の心まで、あと数歩の距離にまで近付けた、そんな確信さえ抱いたというのに。
9月になり、新学期が始まって間もなく、珪は愕然とした。
単なる仲良しのクラスメイト。
その距離は、全く変わっていなかった。
友達と楽しそうにお喋りをし、真面目に授業を受け、クラブにバイトに忙しく、予告なく現れる花椿にさらわれては“お手伝い”に行く。
珪とは関わりのない日常の中に、今日子の笑顔はあった。
確信は錯覚だったというように、夏が始まる前と、何も変わっていなかった。
変化はたった一つだけ。
学校で、今日子は時折、ぼんやりするようになった。
それは休み時間であったり、放課後の図書室であったり、まれに授業中であったり。
あの、心を取り落としたような無心の素顔を、珪以外の前でも見せるようになった。
その綺麗な横貌は、もとから知る珪ですら目を奪われた。
となれば、他者が何の反応も示さない筈はない。
男子の間で明日香今日子の名前が上がるのを耳にするたび、あいつは無防備すぎるとイラついていた。
珪にとって幸いなのは、噂はしても、今日子にちょっかいを出す男は、はば学にはいないことだった。
とっくの昔に出来上がっている二人だと見做されていたし、天下の葉月珪を向こうに回して張り合おうという勇者も現れなかった。
高い高い秋の空を見上げて、珪はため息をつく。
一体、何が足りないのか。
単なる仲良しから脱却するには。
何がといえば、まず、根本から誤っていた。
珪が近づけば近づくほど、今日子は想いの封印を固くした。
失いたくないという強い気持ちが、珪のどんな言葉も態度も、友情からなのだと変換していった。
その分、心の奥底に秘められていく想いが今日子に陰影を与え、他者の目を惹くようになったのだから、珪にとっては、まことに皮肉な結果となった。
結局、この状況を打開出来るのは珪の告白だけなのだが、自信を失ったままそんな行動に及べるくらいなら、年単位で悩みはしないのである。
そんな珪の態度にしびれを切らしている者が一人いた。
「もう我慢出来ないっ。わたしが言う!わたしがあの馬鹿の代わりに告白するっ」
「それ、意味ないから。アリス」
綾瀬美咲は握りこぶしを作っているアリスを前に、人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものだと、先人の言葉をかみしめていた。
自分も感情の起伏が激しい方だが、なるほど、傍から見ると、こうなのかと思う。
『少し落ち着きなさい。綾瀬』
何度も、たしなめられてきた。やはり、かの人の言葉に間違いはないのだ。
「アリスが何を言ったって、珪君の言葉でなきゃ、今日子は信じないって」
「大体、今日子も鈍感すぎ!葉月珪の、あの丸分かりの態度見てれば、ふつう気付くでしょ!」
「しょうがないじゃない。事、この件に関する限り、今日子の鈍感は超が付くんだから」
「ああもう、イライラする」
綾瀬美咲は、アリスの家に来ていた。
アリスが、はば学へ遊びに来るようになって、今日子と3人でお茶をするくらいには交友を持っていたが、一気に仲良くなったのは、例のポスターが掲示された後。
『今日子と葉月珪って、付き合ってないの !?』
花屋アンネリーに駆け込んでくるなり爆弾発言をかましたアリスを、綾瀬美咲と有沢志穂は、ひっ捕らえて店の奥に連れ込んだ。
『こんなところで、そんな話しないで頂戴』
厳しく有沢に責められ、
『他の人に聞かれたら、どうすんのよ』
綾瀬に叱り飛ばされた。
話はバイトが終わってからにしてと言われ、アリスは、じゃあ、ウチに来てと住所を書いて渡した。
今日子と葉月珪の仲が、友達の域を一歩も越えていないことを、綾瀬と有沢は知っていた。
どんな噂や問いかけに対しても、沈黙を守ってきた二人だったが、アリスの直球は受けた方がいいと判断し、知る限りの事実を伝えた。
『どうしよう・・・わたし、いっぱい無神経なこと言っちゃった』
このセクシービキニで葉月珪を慌てさせるのはどう?などとからかう度、今日子は困った表情(かお)はしていた。
それが、あのポスターの時。
『なんかもう、好き好き!ってカンジよねぇ?これ見て喜んだんじゃない?葉月珪』
調子に乗ってからかうと
『わたしは珪の友達だから!』
叩きつけるような口調でアリスの誤解を訂正した。
すぐに、後悔した表情(かお)になって、ごめんね、と謝り、
『そういうこと、言わないで』
俯いた。
『お兄ちゃんは今日子のこと、葉月珪が大切に大切に守ってる彼女だと思ってるし、撮影所の皆なんか、明日香今日子に手を出そうものなら葉月珪に殺される、なんて冗談言ってるくらいなのに』
撮影所に来る時の今日子は、そこが仕事場であることに配慮し、葉月君と呼んでいたし、格別、親しげな振る舞いも見せることはしなかった。
同じ高校のクラスメイトであることぐらいは知られていたが、それ以上を勘繰る者などなく、アリスの兄である沢木だけが、誤解のもと、黙って見守っていた。
それが崩れたのは、やっぱりあのスチル撮影で、特にアリスが今日子の水着写真を見せびらかした時の、珪の示したあからさまな独占欲が決定打となった。
人に注目される立場の葉月珪が、大切に守っている彼女、と見られていることなど、もちろん今日子は気付いていない。
『今日子のために、何かしたい』
今にも代理告白に飛んで行きかねないアリスを、綾瀬と有沢は取り押さえなければならなかった。
『よく知りもしないのに、余計なことしないで』
有沢に叱られ、
『大体、何だってそう、今日子に入れ込む訳?』
綾瀬に問われ、
『だって・・・言い合いしても、ケンカしても、前とおんなじに付き合ってくれるのって、今日子だけなんだもの。・・・わたし、女の子の友達、他にいないから』
率直に告白した。
普段なら、意地でも口にしなかったろう、その告白は、綾瀬と有沢の心を動かした。
女同士の衝突の多さでは、二人ともアリスに引けは取らなかった。
言いたいことを言い合って、ぶつかることはあっても、変わらずにいてくれる今日子が好きだった。
始めはちょっと抜けてんじゃないかしら?とも思ったが、付き合うにつれ、ありのままを受け止めてくれる優しさだとわかった。
『とにかく、落ち着きましょう』
有沢に優しくたしなめられ、ここに、明日香今日子の恋を応援する会が結成された。
結成されたといっても、電話や会合で、告白もせず今日子を放置しておく葉月珪を槍玉に上げ、今日子の鈍感さを嘆くぐらいで、行動を起こすのは、葉月珪の闘争心を煽ってやるというアリスの邪魔くらいなものだった。
「やっぱり、今日子に告白させた方が早くない?」
「無理」
アリスの提案を一言のもとに退ける。
「最近は珪君のことになると、すぐ、話そらすし、なーんかヘンなのよね」
二人が互いを下の名前で呼び合うようになった時、綾瀬は
『ホントのとこ、どうなの?』
ストレートに訊いたことがあった。
『彼女なんて、そんなんじゃないよ』
コロコロと笑い、無邪気に今日子は答えた。
『でも、好きなんでしょ?』
『うん!珪といると楽しいの』
恋心のカケラも感じさせない、あっけらかんとした言い様に、綾瀬は葉月珪に同情したものだった。
その頃から比べると、今日子の態度は明らかに変わっている。
「わたしさ、女の子同士って、もっと恋愛の話とか、好きな男の子の話とかするもんだと思ってたけど、美咲も志穂も、ぜんぜんしないよね」
綾瀬の淹れたアイスティーを、美味しそうに飲みながらアリスが言う。
『お砂糖入ってないのに、甘―い。これ大好き』
淹れ方は教えたのに、今日子とは違い、アリスは自分で淹れようとはしない。
美味しいものはプロの手でと、家に行く度、大量に作らされる。
「まぁ、ね」
有沢は極度の照れ屋という理由から、綾瀬は迂闊に口に出来ない恋の為に、お喋りのネタには上がらなかった。
今までしてこなかった話を急に振るのは難しく、変化の理由は今日子に問えないままだった。
「なんかこう、一気にあの二人が盛り上がるようなことってないの?」
「ないことも、ない」
綾瀬の返答に、アリスは目を輝かせた。
「なに?なに?」
期待を込めて、身を乗り出してくる。
「11月の文化祭で学園演劇をやるんだけど、その実行委員になったのよね、わたし。それで、ちょっと策を練ろうと思ってるんだけど、協力してくれる?」
「まっかせて!」
友達甲斐のある二人は、にっこりと微笑み合った。



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