『男の子の家で、眠くなってうっかり寝ちゃったなんて、言い訳になると思ってるの?』
少しは女の子としての自覚を持ちなさいと叱られて、今日子はようやく部屋に戻った。
父が飲み会で不在だったのは、ラッキーだった。
母のお小言は短いが、父は長い。
特に今回のようなシチュエーションの場合、無駄に大騒ぎするに決まっていた。
それを分かっている母が、今日のことを父に告げないであろうことが分かっているだけに、いくら叱られても、その通りですと平伏するしかなかった。
どのみち、珪が目を覚ました時、独りでいさせたくなかったなどと、親に言える筈もないのだ。
「それに珪はそんなコト、気にしてなかったんだし」
考えてみれば、昨日今日の一人暮らしじゃなし、自分だけの勝手な感傷だったのだ。
「あーあ」
ひどく疲れていた。
ぺったりと床に座り込み、クッションを抱えて丸くなる。
何か音がしているな、と思い、それからその音が、自分のバッグから洩れていると、携帯のバイブ音だとやっと気付く。
そういえばマナーモードにしたままだった。
『電話、するから』
低い囁きを思い出して、バッグを引き寄せる。
やはり、珪からだった。
「俺、葉月だけど」
声を聞いた途端、急に泣きそうになった。
「今日子?」
「うん。聞こえてるよ。今日はごめんね。珪に謝らせるようなことしちゃって」
本当に、さっさと帰っていれば、珪に頭を下げさせることなどなかった。
電話の向こうで珪は沈黙していたが、やがて、
「俺の方こそ、ごめんな」
泣きたいのをごまかす為に、今日子は必死で笑った。
「なんで、珪が謝るの?わたしがのん気に寝ちゃったのが悪いんだもの。お母さんにも、緊張感無さすぎって言われちゃった」
「いっぱい、叱られたか?」
「ううん。お母さんてね、あんまりうるさく言わないの。一言ビシッと言ってお終い。それがこわいんだけどね」
「ああ、わかる。そんな感じだな」
「とにかく珪は気にしないで。明日、また学校でね」
笑ってごまかすのにも限界があって、そう言って電話を切ろうとして、
「今日子」
名前を呼ばれた。
「おまえ、俺の傍に居てくれたんだな」
「……け、い?」
「俺が目を覚ました時、独りにしないように、おまえ、居てくれたのに。ごめんな、俺、気付かなくて……」
「わたし……」
こらえることの出来なかった涙がひとつ、こぼれ落ちた。
「珪と、コーヒー飲んでから帰りたかったの」
電話でよかった。
あふれてくる涙を、珪に見られなくてよかったと今日子は思う。
「だから、またそのうち、一緒にコーヒー飲もうね」
「ああ、そうだな」
電話を切り、クッションに顔を押し付けて涙を隠した。
自分以外、誰もいないこの部屋で、誰から涙を隠したいのか。
(一緒に居たいのは、わたしなのかな)
今夜、胸の中に、細く、鋭く、差し込んだ光が、満月の下にあるかのように心の奥を明るく照らした。
正視することが恐くて、今日子はぎゅっと強く、クッションを抱きしめた。
そうすることで、月の光を遮ることが出来るとでもいうように。
- Fin -
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