□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校3年

桜咲く頃 2.


「珪くん!見てみて!ほら、すごいよ」
「分かったから、明日香。おまえ、少しはしゃぎすぎだ」
舞い散る花びらを追っては手のひらに受ける今日子を、珪は恋する心でみつめていた。
自覚は容易(たやす)かった。
もっと、今日子に近づきたいと想う自分の心と向き合った時、恋は既にそこに在った。
けれど、それを表現するのは簡単なことではなかった。
自分の想いをどんな風に表せばいいのか、心を伝えたらいいのか。
やり方がわからなかった。
考えてみれば、自分から誰かの心を求めたことなど、なかったように思う。
両親に対しても、諦めや、衝突を避ける気持ちの方が強くて、深まるばかりの溝を埋める為の努力をしてこなかった。
人と向き合うことを避けてきたその精算を、今、一度に求められているように珪には思えた。
「珪くん、ね、あそこ」
うれしそうに今日子が指差す方を見ると、十数個の花をキュッとひとかたまりの束にして、幹に留めたように咲いている桜があった。
「まるで、ブーケみたい」
「ああ・・・そうだな」
両の手のひらで包めそうなくらいなのに、コサージュよりも花嫁のブーケを思わせるのは、桜の豪奢さ故だろう。
「こういうの、気付かなかったな。・・・今まで、何度も来てたのに」
「珪くん、ほら、あそこにも。わぁ、いっぱいあるよ」
春休みとはいえ、平日の午前中の十時過ぎという時間帯では、花見客の人出もまだ少ない。
並木道も奥まで来ると更に人影は減り、その気安さから、今日子は子供に返ってしまったかのように、はしゃいでいた。
踊るような足どりで樹を見上げ、桜のブーケを数えている。
「上ばかり見てると、転ぶぞ」
「平気、へいき。そんなにドジじゃない、あっ」
弓なりに反らしていた身体のバランスがグラリと崩れた。そのまま上体が後ろに大きく傾ぎ、
「危ないっ」
背中からレンガの歩道に身体を打ちつけるすんでのところで、今日子は珪の腕にすっぽりと抱きとめられた。
「・・・あ、ビックリした」
「それはこっちの台詞だ」
ヒヤリとさせられた反動で、声がきつく響く。
「気をつけろよ」
抱きかかえるようにして助け起こす。
「うん、ごめんね」
腕の中で今日子が顔を上げて珪を見たとき、ふわっと甘い、いい薫りが漂った。
(桜?)
「あの、ありがとう、珪くん」
顔を赤らめて今日子が離れる。腕の中のぬくもりが消える。かすかな薫りが離れていく。
「もう、ほんとに、ちゃんと気をつけなくっちゃ、ダメだよね」
恥ずかしさをごまかしたいのか、うつむき加減な後姿が早足になる。
たった今までとても近くにあった今日子との距離が、どんどん広がっていく。
「明日香!」
足を止めて、今日子は振り返った。
「予定あるか?明日」
「え?・・・ううん、ないけど、」
唐突な問いかけに今日子は少し驚いた様子だったが、かまわず珪は続けた。
「明日も行こう。桜を見に。・・・俺、案内するから」
「うれしいけど・・・」
戸惑うように口ごもる。心臓の鼓動が急に大きく脈打ち始めたように珪は感じた。
「珪くん、明日、お仕事の日じゃない?」
拒絶ではないと分かって安堵する。
「大丈夫だ」
けれど、鼓動は早いままだった。
「撮影、午後からだから、午前中は空いてる」
「だったら、行きたい!」
こぼれるようなこの笑顔を、いつか独り占めしよう。
この気持ちをいつか、伝えたい。
(・・・で、今に至る、か)
あれから一年。友達として過ごしてきた時間が、珪を苦しめだしていた。
ずっと離さずにいたい気持ちと、強まっていく失うことへの恐れ。二つの思いの狭間で、自信のない珪は、じれじれとした心で舞い散る桜を見つめていた。
「け、い」
ツン、と今日子が珪のシャツの袖を引いた。
「ん?なんだ?」
「桜ばっかり見て、わたしのこと、忘れてない?」
本当は、あまり長い間、心ここにあらずだった珪が悪かった。
けれど、不満そうに自分をみつめる今日子の顔を見ていたら、珪は少し、イジワルをしたくなった。
「悪い。すっかり、忘れてた」
ふいを衝かれたように、ちょっと目を見開いて、それから、今日子は素直にさびしそうな表情(かお)になった。
「冗談」
自分でしたことなのに、急いで否定する。
「なら、いいけど・・・」
(まったく、だれが誰を忘れるって?)
無防備すぎるほど感情をあらわにするくせに、今日子の心の内だけは、垣間見ることすら出来ない。
「考えてたんだ・・・毎年咲くってわかってるのに、どうしてこんなに大切に感じるんだろうって」
「そうだね・・・」
折から吹く風に、ひらひらとこぼれるように花びらが舞う。
「どうしてかな」
「今おまえと見てる桜は、世界中でここだけにある、この瞬間だけのものだから・・・何と変えてやるって言われても譲れない。だから大切なんだ・・・そう、思う」
舞う花びらが、珪の想いのように、愛しく今日子に振り落ちる。
「そうだね。きっと、そう。・・・でも、でもね、珪」
髪に肩に、花びらをまとわせたまま、今日子は珪を真っ直ぐにみつめた。
「ほんとに毎年咲くって思ってる?」
「・・・今日、子?」
「ごめんね、急に変なこと訊いて・・・珪の表情(かお)見てたら、なんだか一緒に桜を見るのも、これで最後みたいに思ってるんじゃないかって気がして・・・」
心の中を見透かそうとするような今日子の瞳に合って、珪は思わず、目を逸らした。
「・・・来年は、俺もおまえも卒業だろ?」
「卒業したって、近くに住んでるんだから大丈夫だよ」
「・・・・・・」
珪の沈黙をどう解釈したのか、今日子はふっと、表情(かお)を曇らせた。
「卒業したら、珪、いなくなっちゃうの?」
それは、聞いたこともないような弱々しい声だった。
「引越しとか、それとも・・・留学するとか」
「おまえ、いきなり何言い出してるんだ?」
「だって!」
この表情(かお)は見たことがある。
前に、ずうっと前に、教会のステンドグラスから差し込む光の中で、
『けいくん、いなくなっちゃうの?』
泣き出しそうな、寂しそうな表情(かお)を見た。
「引っ越しはない。留学もしない。大体、飛躍しすぎだ。留学なんて発想、どこから出てきたんだ?俺、今までそんな話、したことあったか?」
「え?・・・そういえば、そうだよね。なんでそう思ったんだろ」
「とにかく、俺は留学なんてしないし、どこにもいかない」
(おまえがいるこの場所から、俺は離れたりしない)
珪の心の中の声が届いたのか、
「よかったぁ」
花が開くように今日子は微笑った。
あの時は、行っちゃヤダと泣き出した今日子を、今は微笑わせることが出来る。
自分の意思でどんなにも愛おしめる。
幼くて何も出来なかった頃の自分とは違うのだということに、今更ながら珪は気付いた。
「なあ、今日子、俺・・・」
「もう、びっくりさせないでよ」
「・・・おまえが勝手に勘違いしたんだろ?」
「あ、そっか」
ふふっと笑って、今日子は珪の腕に触れた。
「来年の桜、珪が誘ってくれなくても、わたしが誘うからね。仲良しなんだから、いいでしょ?」
すごくイイことと、とってもヒドイこと。言われた珪には、どちらのショックも強すぎた。
「ね?珪」
「・・・ああ、期待してる」
三度目の告白は、未遂に終わった。
(今回は、俺が悪いんじゃないぞ)
友達としか思われていなくても、それでも、来年も一緒にいたいとは、思ってくれている。
にくらしいほど無邪気なこの笑顔を、来年の桜咲く頃、どんな想いでみつめるのか。
腕に感じている今日子の手のぬくもりと、花のように薫る甘いにおい。
この一瞬の時に酔いしれるように、珪は目を伏せる。
桜が一輪、くるくると舞って珪の肩に触れ、そこからすべるように落ちていった。



- Fin -

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