□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校3年

桜咲く頃 1.


「汚ねぇ手、どけろ」
最初から、けんか腰だった。
「なんだ、てめえは?」
「珪 !?」
無言で珪は相手の腕を掴んだままの手に、ぎりっ、と力を込めた。
痛みに顔を歪めて、男が握っていた今日子の手を離す。
「あんたじゃ、役者が足りない。出直せよ」
なまじ、顔立ちが綺麗な分、珪が凄むと異様な迫力が出る。しかも、身長がある分、威圧感もあった。
「珪、」
「いいから」
今日子の呼びかけを、言い聞かせるように切り、
「さがってろ」
片方の手で、ぐいっと背中に庇う。
「な、なんだよ、てめえ!す、少し顔がいいからって、気取ってんなよな!」
男が様にならないタンカを切る。もっとも、既に腰がひけていた。
「気取ってんじゃねぇ・・・ケンカ売ってんだ。買えよ」
長身の珪に殺気だった目つきで見下されて、男は冗談ごとではない身の危険を感じた。
「けっ、やってらんねぇぜ」
まだ、珪に掴まれたままの腕を強引に振り払う。
「ちょっと、声掛けただけじゃねぇか」
くやしまぎれの捨て台詞を吐くが早いが、あっという間に人波に紛れるように逃げ去っていく。背中に取りすがっている今日子が、ほっと息をつくのがわかった。
「大丈夫か?」
「・・・うん」
「遅れて、悪かった」
さっきまでとは別人のような、やわらかな声で言う。
ううん、と、今日子は首を振った。
「わたしが、桜に見惚れてぼんやりしてたから・・・あ、」
珪のシャツを掴んだままなのに気付いて、手を離す。
「あの・・・ありがとね、珪」
別に離さなくてもいいのにな、と思いながら、珪は僅かにためらった後、今日子の肩をぽん、と叩いた。
「ほら、行こう。並木道。満開だぞ」
「・・・うん!」
気持ちを切り替えようとするかのように、明るく応える。
「おまえさ、今度から来るの、ゆっくりでいいから。俺が先に来て、待ってるようにする」
ナンパにキャッチセールス。珪が阻止しただけでも、この春休みの間に、これで3度目だった。
「えー、いいよ。だいじょうぶ!ちゃんと気を付けるから」
(気を付けるって、何をだよ)
「でも・・・わたしって、そんなに隙があるのかな」
どう思う?というように、隣りを歩く珪を見上げる。
黒目がちの大きな瞳に、近くで見ると思いの他、長い睫。透明感のある滑らかな肌と、濃いピンクの唇。それらから目を逸らすように前を向いて、珪は答えた。
「ぼんやりはしてるな」
ハァ、と今日子は肩を落とした。
「珪に言われるなんて、」
「どういう意味だ」
「そういう意味だもーん」
ふふ、っと微笑う今日子を傍らに感じながら、珪は苛立ちを隠すのに必死だった。
(何、やってるんだ、俺)
それがただのナンパであっても、他の男が今日子に触れただけで、カッとするほど焦がれていながら、いまだ、想いひとつ、告げられずにいる。
二度、告白に失敗していた。
一度目は、去年の初夏。
雨宿りしていた公園のあずまやで、自分は雨の雫を髪や頬に光らせたまま、濡れた珪の髪をハンカチで拭おうとする今日子の手を、気付いたら取っていた。
『珪?』
何も分かっていない無邪気な様に、心の準備もなく想いを口走りかけ、
『よう!姉ちゃん!』
途中で今日子の弟に邪魔された。
では、邪魔が入らなければ、ちゃんと伝えられたかというと、甚だ自信がなかった。
家に帰ってすぐ、心配して電話を掛けてきた今日子が、
『あのね、公園で言いかけてたことだけど、』
せっかく水を向けてくれたのに、
『たいした話じゃない。気にするな』
何でもないことのように流してしまった自分のヘタレ加減に、その後、しばらく落ち込んだ。
二度目は、今年の一月。
決意をもって、告白に望んだ。
ぐずぐずためらわないように時間制限を設けるべく、完成したばかりの臨海公園の大観覧車を告白の場所に選んだ。
港と海が見渡せる景色にはしゃぐ今日子に、シナリオどおり告白を始めようとした矢先、観覧車が止まった。
予定外のアクシデントに対応できるほど、珪に余裕はなかった。タイミングを逸してしまい、言葉が何も出てこない。
止まったまま一向に動く気配のない状態を怖がる今日子に、なぐさめるというカタチで口を開けるまで、三十分。
しかしそれも、さぁ本筋に入ろうというところで、ガッタン、と観覧車が動き出し、
『・・・おしまい。おまえ、もう元気だろ』
告白は頓挫した。
そうして、三度目のきっかけすら掴めないまま、今日に至っている。
「ああ、きれいね」
左右から、たおやかな腕を差し伸べるように交叉した桜の枝が、頭上に薄いピンク色の天蓋を作っている。桜の樹の合間を埋めるように植えられた雪柳が、こぼれんばかりに白い花をつけていた。レンギョウの花の黄色と緑の青葉が、白い景色の中で鮮やかに映え、宙を舞った花びらがレンガの歩道に散り落ち、また風に吹かれてクルクルと転がっていく。
「おまえ、ほんとに、桜、好きなんだな」
「珪だって、好きでしょ?去年、市内のお花見スポット、あちこち案内してくれたじゃない」
「あれは・・・」
(おまえが、喜んだから)
うれしそうに笑う顔が見たくて、もっと今日子と一緒にいたくて、桜を口実に何度も誘った。
(そうだ・・・、きっとあの時、言ってしまえばよかったんだ)



→ Next

小説の頁のTOPへ / この頁のtop

index / top


制作会社、出版社、原作者、そのほか各団体とは一切関係ありません。
サイト内にある全ての二次創作作品の著作権は 観月 や各々の作者に帰属します。
これらの作品の他サイトへのアップロード、複写や模写、同人誌としての出版は許可なく行わないで下さい。