□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

ふたりで一番 8.


「けいくーん」
待ち合わせの銀杏の樹の下へ、力いっぱい駆けて来た今日子は、なぜか手に白い、細幅の布を握っていた。
「いっしょに、ににんさんきゃくしよ!」
「ににん??」
珪が首を傾げている間に横並びでしゃがみ込み、その布であっという間に珪の右足首と自分の左足首とを結わえてしまう。
「それでね、こうやってね」
今度は珪の腕を取って自分の身体に回させ、ぴったりと、くっ付いてくる。
今日子のやわらかな髪が、首に触れてこそばゆい。
「このままいっしょに走るんだよ」
ピンク色の、桜の花みたいなほっぺがすぐ近くにある。
「みぎ足からね」
「うん、わかった」
珪はドキドキしてきた。
「じゃあ、よーいドン!」
いきなり、転倒(コケ)た。
前のめりに顔から突っ込みそうになるのを、危うく手をついて防いだ。
「もう、けいくんてば、みぎ足からって言ったのにぃ」
「・・・右からなの、おまえだけだ」
結わえた足を指差す。
「えっと、」
首を傾げ、それから両手を見比べて、もう一度、考える。
「あ、まちがえちゃった」
照れ笑いすると、
「けいくんは、ひだり足からだった。じゃあ、もういっかいね」
勝手に立ち上がるものだから、珪まで引っ張られる。
これは一体、どういう遊びなんだろう。
「せーの、ドン!」
自分のペースで前に進もうとする今日子に、珪はズルッと引き摺られる。
「あぶないだろっ」
「へーき、へーき」
「それに早いって!」
「早くないもん」
「転んでも知らないぞっ」
「聞こえなーい」
文句を言うほど、今日子は面白がって足を動かす。
珪の負けん気に火がついた。
今日子より早く、前に足を出して、先手を取る。
「けいくん、ずるいよぉ」
「ずるくない」
転がるように進むうち、どこでタイミングが合ったのか、だんだん二人で一緒に走れるようになり、そうしたら途端に面白くなった。
「けいくん、もっかい、もっかいやろ!」
「さっきから一度も止まってないだろ」
「だって、おもしろいんだもん」
大声で今日子の無茶を止めたり、つられて笑ったりしながら、何度も境内を行ったり来たりしているうち、とうとう、息が切れて動けなくなった。
二人して、地面にぺったりお尻をつけて、ハァハァと何度も息を弾ませる。
休憩しようと、足を結わえている布をほどいた。
「けいくんて、すごいね。なんでもじょーずだね」
今日子が目を輝かせている。
こんな風に褒められると、いつも、珪はどこを見ていたらいいのか分からなくなる。
「おまえだって、上手だろ」
「えー、でも、よーちえんでやった時は、いっぱい転んだよ。それにちっとも早くなんてなかったもん。けいくんとだからだよ」
「ふぅん」
「けいくんも、いっしょのよーちえんだったら、よかったのに。そしたら、きっとふたりでいちばん取れるよね」
「・・・うん」
一緒の幼稚園に通うどころか、ここに居られるのは、父が迎えに来るまでの間だけ。
ここを離れる自分を、珪は急に自覚した。
「でね、れんしゅうの時は、ほんきを出さないで、ほんばんの時に早く走っちゃうの。みんな、びっくりするよ」
「それ・・・」
わるい提案に、珪は寂しいに掴まらずに済んだ。
「ずるって言うんじゃ」
「ちがうよ!のうあるタカはツメをかくすっていう、さくせんだもん!」
身を乗り出して長い言葉を言ってから、腕を組んで考え込む。そして、
「ツメのあるタカはのうをかくすだっけ?」
どっちだと思う?と聞かれても、珪はその言葉自体を知らない。ただなんとなく、この前、洋子ねえさんに怒られた、
『へりくつ言うんじゃないの!』
ってことと、同じ気がする。
「けいくん、けいくん、いいコト考えちゃった」
とてもうれしそうに、今度は両手を挙げて、バンザイしている。
ということは、またへンなことを思い付いたに違いない。
今日子が、いいコトを考えつく度、珪はドキドキ、ハラハラさせられるのだ。
「あのね、よーちえんで教わるたのしいこと、ぜーんぶ、けいくんに教えてあげる」
「おれに?」
「うん、それでね、みんないっしょにするの。そしたら、いっしょによーちえん行くのと、おんなじになるでしょ?むつかしいのは、なしで、たのしいこと、いっぱいしよ!」
「・・・いっぱい、一緒に?」
「うん。いい考えでしょ」
「・・・うん・・・おれも、そう思う」
「やったぁ」
どうしてか、珪は泣きたくなった。
でも、泣く理由なんてないし、それに、女の子の前で泣くなんて、カッコ悪い。
だから、いっしょうけんめい、がまんした。
「あのさ、むつかしいことって、なんだ?」
一緒なら、どんなこともやってみたかった。
「えっと、ね」
それに二人ですれば、むつかしいことだって、カンタンに出来てしまうかもしれない。
「じっと、すわってること。お話もしちゃダメって。すごく、むつかしいの」
「・・・そっか・・・う、ん、それ、むつかし、」
「あー、けいくん、笑ってる」
こらえ切れなかった。
「けいくん、ひどい。もう、笑っちゃダメ」
「ごめ…でも、」
ほっぺを膨らましたカオがおかしくて、止めようとしていたのに、失敗してしまう。
椅子にちゃんと座って、膝の上に手をそろえて、でも、もう動いていいか、あとどれくらいか、うずうずしている様子が目に浮かぶ。
今日子は、お話を聞いている時だって、身振り手振りを交えて質問するし、幼稚園であった話をしてくれる時だってそうだ。
何もせず、じっと座ってるだけなんて、むつかしいに決まっている。
おなかを押さえてまで笑う珪に、今日子は拗ねて、そっぽを向いてしまった。
このままだと、ほんとに怒ってしまうかもしれない。
珪は頑張って、笑っていたいのを(こら)えた。
「もういっかい、やろうよ。ににんさんきゃく」
それはとてもいい提案だったらしく、今日子は早くこっちを向きたいみたいに、落ち着かなくなった。
「いっぱい、しゅぎょうして、もっと早くなろうよ」
くるりんと、こっちを向いてくれた顔はもう、ふくれてなんかいなかった。
「おれたち、ふたりで一緒に一番になるんだ」
「うん!しゅぎょうする!」
拗ねていたことなど忘れたように、笑ってくれる。
今度は珪が先に立って、素早く半ズボンのお尻についた砂を落とし、手も払ってから、
「ほら、つかまれ」
差し伸べた。
その手を、今日子は掴もうとしたのに、急にやめてしまう。
手の平を返して、砂粒が沢山付いているのを見ると、
「へいき!」
ニコっと笑った。
「ジャーンプ!」
掛け声と共に跳ね飛んで、勢いよく一人で立ってしまう。そうして、両手の砂を払うと、
「やろっ、けいくん」
準備完了というカオをする。
「まだ残ってる」
スカートと、地面に付けていた足。
順にきれいに払ってあげると、
「ごめんね、けいくん」
すまなさそうに言う。
そのほっぺにも、砂粒が付いている。
「ここも」
親指でそっと払うと、
「くすぐったい」
笑いながら逃げようとする。
「ほら、それも貸せよ」
布を取り上げると、しっかりと結んで準備を整える。
「いちょうの木のとこまで、行くよ」
「うん、よーいドン!」
二人一緒に前に出ようとするから、転がるみたいに前屈みになってしまう。
「あ、イチ、ニって、言うんだった」
「・・・それ、さいしょに言えよ」
「じゃあ、イチ、二、イチ、ニ」
「おまえ、聞こえないフリするなよなっ」
掛け声のおかげで、急に走りやすくなった。
境内に、元気のいい掛け声が響き渡る。



ここを、離れたくないと珪は思った。
どこへも行きたくない。
ずっとここで、今日子と一緒に遊んでいたい。
空いている左手で目を擦る。
砂粒が目に入ったみたいに、涙が滲んでいた。



- Fin -

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