ギィと重い扉を引いて、二人の子供が中へ滑り込む。
すぐに今日子が扉を押して閉めようとするのを、珪の手が止めた。
「こうやって、ちょっと扉を開けておくんだ」
まだ細い腕が通るくらいの、隙間を残してみせる。
「どうして?」
今日子が首を傾げると、
「こうしとけば、かえる時、開けるのラクだろ?」
少し得意そうに答える。
「あ、そっか。うん、そうだよね!けいくん、あたまいい」
感心したように誉められて、今度は照れくさそうなカオになる。
「じいちゃんが教えてくれたんだ。おれはまだ、小さいからって」
種明かしをしてみせると、否定するように今日子は首を横に振った。
「けいくんは、ちいさくなんか、ないよ。よーちえんのおおきいコたちと、おんなじくらいだもん」
「・・・大きいんだ、おれ」
「けいくんのとこでは、ちがうの?」
問い掛けに、珪は考えるようなカオになった。
「おれ、ようちえんには行ってないんだ。だから、比べたことなかった」
周りにいる大人達からは、いつも、一番ちいさなコ、という扱いしか、受けたことがない。
「だいじょーぶ!けいくんは、おっきいよ」
まるで自分のことを自慢するように言う。
なんだか、くすぐったいような気分になって、それをごまかす為に手をつないだ。
「行こ」
「うん!」
正面のステンドグラスを、眩しそうな瞳で仰いでから、二人はゆっくりと歩き出した。
扉から離れ、奥へと進むごとに、つないでいる手にキュッと力が入ってくる。
まだ、こわいのかな、と珪は思った。
昨日もこんな風につかまってきた。
「だいじょうぶ、こわくないよ」
安心させてあげたくて言うと、今日子は恥ずかしいのか、赤くなった。
「こわくなんかないよ!けいくんがいるから、へーきだもん!」
強がっているにしては格好のつかない台詞だったけれど、珪のくすぐったい気分は、もっと強くなった。
「うん。おれ、いるから。へいきだよな」
笑いかけると、
「うん。へーき」
今日子も笑顔になる。
ギュウと手をつないだまま、やっと祭壇の前まで来ると、右側の椅子に並んで腰掛けた。
「わたしね、ひらがなとカタカナだったら、よめるんだよ」
得意げに宣言して、開かれた絵本を覗き込んだが、あれ?いうようにまた、首を傾げる。
綺麗な絵と一緒に書かれている文字は、知っている形のどれにも似ていない。
「このお話はね、じいちゃんの国のことばで書かれてるんだ」
「けいくん、よめるの?」
「おれは、まだ読めない。でも、お話はぜんぶ、おぼえてるから」
「ぜんぶ?このご本のおはなし、みんな?」
「うん」
珪の返事に、今日子は目を丸くした。
字がこんなに沢山ある、厚いご本のお話をぜんぶ覚えている。
けいくんは、とっても頭がいいんだと感心した。
「けいくん、ひらがな、よめる?」
「読めるよ」
「カタカナは?」
「読める。あと、漢字もちょっとだけ」
「かんじも!?」
ちょっぴり自慢してみたくなった珪は、今日子があんまり大きな声でびっくりするから、慌てて付け加えた。
「ちょっとだけだよ。たくさんじゃない」
「けいくんて・・・けいくんて、すごいね。すごいんだね!」
まん丸になった瞳をキラキラさせて、すごいね、と何度も繰り返すから、照れくさくてたまらない。
「ほら、お話、はじめるよ」
薄赤く染まった頬を本に伏せて、珪は何度も訊かせてもらったお話を今日子の為に語り始めた。
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