□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

定位置 4.


風呂から出てくると、リビングに居るのは、妻のゆりだけだった。
「お水、飲む?」
「ああ、頼む」
タオルで頭を拭きながら、ダイニングテーブルの椅子を引く。
「今日子はもう寝たのか?」
風呂に行く二十分前は、アルバイト一日目の経過を、楽しそうに喋っていた。
「急に電池が切れたみたいね。尽がやけに嬉しそうに、上に連れてったわよ」
冷たい水を満たしたグラスが、前に置かれる。
ゆりも再び向かいに座って、家計簿の続きをノートパソコンに打ち込み始めた。
「いいバイト先みたいだな」
弟のからかう様なツッコミにもめげず、明後日また行くのが、楽しみでならないカオをしていた。
「偵察に行くなら、他の曜日よ?」
「わかってる」
バイトの日に顔を出そうものなら、ちゃんと出来ているところを見せようと、張り切り過ぎて失敗する場面(シーン)が、容易に想像出来てしまう。
あの、どこか抜けたところは自分に似たのではないと、奨もゆりも、心の中で互いのせいにしていた。
「ゆり」
「なぁに?」
「元気になってよかったな」
「・・・そうね」
はばたき市に家を持とうと決めた幾つもの理由の中で、一番は、この街のどこかにある約束の場所へと、娘を還したかったからだ。
けれど、確実に来る別れを恐れて、転居を告げた中学二年以降、今日子が仲良しの友達を作るのをやめてしまうとは考えていなかった。
繰り返される別離の痛みは、今日子自身も気付かないほど深く、その心に食い込んでいる。
「なぁ、元気にしてると、いいな」
「そうね……元気だったら、いいわね」
誰、とは口にしない。
会いたくて、待ち続けた約束の場所を見失ってしまった時、もうそこへは還れないと思いつめた悲しみは、そのコに繋がる記憶の糸すべてを断ち切ってしまうほど、強いものだった。
あれから十年に近い月日が経っている。
この街に還って来たからといって、奇蹟のような再会を望むのは、絵空事と言っていい。
それでも。
「生きていれば必ず逢える、って、誰かの台詞にもあるしね」
澄まして言うゆりに、奨は苦笑したけれど、
「あーそうだな。来月出る新刊に、そんな台詞があったかもな」
めぐり逢えて、ハッピーエンドで締め括る、物語のような未来があってもいいじゃないかと、娘の為に願っていた。



- Fin -

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