□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

高校1年

失わないもの 4.


連休明けの、はばたき学園は騒がしかった。
昨日、一年の明日香今日子が、あの、葉月珪と臨海公園でデートしていたという情報が、一夜にして知れ渡っていたからである。
しかも、その注目の集まる中、二人は一緒に登校してきた。
今日子が朝、偶然、珪と会い、そのまま一緒に来るのは、実はこれが二度目。
ただ前回は、途中で綾瀬と合流していた為、傍目には会話しているのは綾瀬とだけにしか見えず、悪目立ちせずに済んでいた。
しかし今回は二人だけ。
“明日香今日子は楽しそうに葉月珪に話しかけ、短いながら返事を引き出し、会話を成立させていた”
“葉月珪は、下駄箱で靴を履き替える明日香今日子を待ち、教室まで一緒に入ってきた”
同じクラスメイト同士の、ごくありふれた朝の光景の筈なのに、騒ぎは上の学年にまで波及していった。
では、この騒動の中心の片割れ、葉月珪はと言うと、休暇モードが抜けておらず、一時間目から寝っぱなし。
もう片方の明日香今日子は、連休中、家族旅行で会えなかった綾瀬とのお喋りに夢中。
クラスメイトの注目は勿論、休み時間ごとに他のクラスの者までが、噂の人物を見に来ていることなど気付きもしない。 
過敏になって気を配っていたのは、綾瀬の方だった。
昨夜(ゆうべ)の長電話で、お互いの連休中の話を交換していたから、葉月珪と遊びに行った話は聞いていた。
当然、運良く誰にも目撃されなかった森林公園の方も知っていて、着くなり昼寝に付き合わされたり、あの広い臨海公園をひたすら歩くだけの、散歩という名のウォーキングデートを
『楽しかった』
と言える今日子を、なんてお人好しなんだろうと思っていた。
だが、このちっとも羨ましくなれない内容でも、他人が聞けば、
“葉月珪の寝顔を一人占め”
したことになり、臨海公園中を歩き回って、
“葉月珪とデートしていることを見せつけた”
ことになる。
その辺の心理が行き着く先を、綾瀬は簡単に想像することが出来たから、他人には話さないよう、しっかり口止めした。
『モデルやってるんだから、イメージ保つのも仕事のうちでしょ (そんな自覚があるとは思えないけど)。だから、そういうプライベートな時間のこと、他人には話さない方がいいと思うな。葉月君、すごくリラックスして楽しんだみたいだし(自分だけ)』
個人的な見解は心の中に収めて言うと、今日子は素直に納得して受け入れた。
これほどの騒ぎになるとは綾瀬にも予想外だったけれど、先手を打って口止めしておいたのは、本当に正解だった。
とにかく、吊るし上げに遭う危険だけは、回避しなければならない。
昼休み、まだ眠そうな葉月珪が、ぼーっと教室を出る頃、綾瀬は今日子の腕を引っ張って安全な場所へと避難していた。
生徒は誰も寄り付かない、一階、職員室前の、外のベンチにである。
しばらく一人にはならないようにと、どう切り出すか考えている綾瀬に、
「はい、これが昨夜(ゆうべ)話した、苺のタルト。好みかどうか分からないけど、食べてみて」
今日子は呑気に、手の平に小さな包みを載せて差し出した。
苺のお菓子は全部好きなことを言ったら、家で作ったというそれを、持って来てくれたのだ。
好きなものから食べる綾瀬はデザートへと後回しにしたりせず、礼を言って、早速、包みを開いた。
これ食べたら、何かいい誘導台詞が浮かばないかしらと、頭の半分で考えごとをしながら一口かじる。
「どう?」
「今日子・・・これ、すっごく美味しい!」
美味しすぎて、頭の中が苺で一杯になる。
「甘さもちょうどいいし、タルトの生地も外側はサクッとしてるのに、内側はしっとりしてて、今まで食べた中でダントツ!これ、今日子が作ったの?」
「ううん、わたしじゃなくて、ちょっと頭の中、真っ白にしたくなっちゃった人がね」
ハハ、と今日子にしては複雑な表情(かお)で笑う。
「でも、気に入ったんなら、よかった。ね、もし都合が悪くなかったら、帰りに家に寄っていかない?今朝も何か作ろうとしてたし、ついでに夕飯も食べてってくれると嬉しいな。味は保証するから」
「行く」
頭の中、真っ白云々というのはよく分からないが、このタルトの出来具合から推測するに、夕食だって、とても口福なシロモノであることは間違いない。
「このタルトのレシピも、教えてもらってもいい?わたしも作ってみたい」
「もちろん、いいよ」
二つ返事でOKしてから、クスッと微笑う。
「何?」
いくら仲良くなっていても、少し、ずうずうしかったろうか。
「ううん、美味しいもの食べた時の反応って、こうだよね、って思って」
「普通でしょ?無反応な方が変じゃない?」
「そうだよね」
やっぱり、クスクス楽しそうに笑っている。
「タルト、よかったら、もう一つ食べて。わたしは朝、食べてきたから」
自分の分らしい一つを、間のベンチの上に置く。
ほんとに、人が好い。
美味しいタルトを貰ったからではないが、この気の優しい友達を、嫉妬の的に無防備に晒してイヤな思いをさせたくない。
お弁当の包みを開きながら、ガードする方法を、綾瀬は真剣に考え始めていた。
 
 
 
同じ頃、珪も綾瀬が貰ったのと同じ苺のタルトを、屋上でパクついていた。
朝、今日子と学校へ来る途中、
『甘いものキライじゃないんだ。だったらこれ、一つおすそ分け』
苺のタルトの包みを渡されたのだ。
『おまえが作ったのか?』
『ううん。お父さん』
この答えには、どうしてか、ガクッときたけれど。
味は保証すると言うだけあって、確かに美味しいと思う。
それに、甘く、しっとりした優しい味は、今日子の笑顔を思わせた。
(おまえ、幸せだったんだな)
離れていた長い年月の間、寂しいことも、悲しいこともなく、家族や友達に愛されて過ごしていたのだろう。
だから昔とちっとも変わらずに、あの頃の幸せそうな笑顔のまま、今もいる。
(よかったな)
晴れた空を見上げて思う。
(おまえが、幸せでいてよかった)
 
 
 
午後の授業は退屈だった。
好き勝手に過ごした3日間の後では、じっと座っていることがもう苦痛で、ぼーっとしているうちに、やっぱり珪はウトウトしていた。
結局、一日中寝ていたので、放課後になると、体育館の辺りを住処にしている猫を見に行こうと思い立つくらい、珪はアクティブになった。
入学してすぐ、邪魔の入らない昼寝ポイントを探していた時、会った猫で、時々、見かける。
人に慣れない猫で、2m以上、近寄らせてくれない。
そのくせ、自分のお気に入りポイントに珪が居ると、どけよ、というように2m手前で無言の威嚇を始める。
譲るのはいつも珪で、場所を空けて離れてやると悠々とやって来て、丸くなる。
『おまえ、我儘だな』
離れた位置でぼやきながらも珪はその猫を、結構、好きになっている。
猫のお気に入りのポイントを辿りながら中庭まで来ると、話し声が聞こえた。
足を止めたのは、自分の名前が上がるのが耳に入ったからだ。
「葉月君の迷惑も少しは考えなさいよ!」
感情的になっている、きつい声。
「ずうずうしいと思わないとこが、すごいわよね」
抑えている分、刺々しさの増した声。
「でも、葉月君は楽しかった、って」
(この声)
「そんなの本気な訳ないでしょっ!」
花壇を回って、女の子三人がぐるりと取り囲んでいる樹の許に近付くと、今日子が俯いていた。
一人にならないように、という綾瀬の配慮も虚しく、日直当番の綾瀬が担任に呼ばれている隙に連れ出されたのだ。
「とにかく、葉月君には、もう近付かないでよね」
プツンと、短気な珪は切れた。
関係ない人間の、勝手な決めつけと口出しぐらい、嫌いなものはない。
カッとした勢いで、割って入ろうとした時、
「でも、わたしは、」
弱々しい表情でいながら、今日子が俯いていた顔を上げた。
「もっと、葉月君と遊びたい」
『わたし、けいくんと、もっといっぱい遊びたい』
いかないで、ここにいてよと、ぽろぽろ涙を零した泣き顔。
全身を震わせて泣きじゃくる今日子を抱き止めた時の、重みと感触までが珪の中に甦る。
「何が、遊びたいよ。馬鹿じゃないの?」
「どこが馬鹿なんだ」
突然、背後からした声に、三人はぎょっとして振り返った。
「葉月君!?」
「うそ、なんで」
いつもの無表情なのに、ひどく機嫌が悪いのが、凄みのある気配でわかる。
スッと前に出られ、ビクッとして、三人は固まった。
寄り集まって、怯えてさえいる女の子たちのことなど、珪はもう、見ていなかった。
「おまえ、どうして、やり返さないんだ」
今日子までが、突然、現れたことに驚いたのか、目を丸くしている。
「こういう時は、一発やり返して、すぐ逃げるんじゃなかったのか」
真面目に言っているのに、今日子はこの場の緊張感とはそぐわない、がっかりした表情になり呟いた。
「葉月君・・・やっぱり信じてる」
「これくらい、おまえなら、何てことないだろ」
初めて会ったあの時、自分よりずっと身体の大きい男の子を突き飛ばして、半べそをかかせた。
「今回は相手が女だからな。ちゃんと手加減しろよ。あと、顔に傷も作るな」
どうしても我慢出来ないというのなら、止める権利はないけれど、
「一緒に謝りにくらいなら、行ってやる」
責任の一端は、自分にもあるのだから。
至極真面目に本気で言っているのに、今日子はさっき顔を上げた時よりも、ずっと情けない表情になり、
「喧嘩もしないし、怪我もさせません。もういい。葉月君には、この話はしない」
そっぽを向いて、むくれてしまった。
「葉月君、この子のこと、知ってるの?」
完全に蚊帳の外に置かれていた三人の(うち)の一人が、おそるおそる訊いた。
「ああ」
知っている。
ずっと前から。
(おまえが忘れても、俺は、覚えてる)
()くしたと思っていた想い出の、溢れてくる鮮明さに戸惑うほどに。
「来いよ」
強く呼び掛けると、今日子はまだ機嫌を損ねていたけれど、こちらを向き、引き寄せられるように歩いてきた。
「ちょっと!」
無視されていることに一人が声を荒げたが、
「まだ何か用か」
低い、凍りつくような声音に、続く言葉を失った。
「今日子、葉月君」
後ろからの声に振り向くと、いつから居たのか、今日子の仲良しの友達が立っていた。
「美咲、」
自分の横を通り過ぎ、今日子が女友達の許に駆け寄る。
なんか、面白くない。
「葉月君、今日子を連れて、教室に戻っててくれる?」
後は任せてと、その表情が言っている。
もう、関心はなかったから、
「行くぞ」
促して、先に歩き出した。
 
 
 
「さてと、」
今日子の背中を押し出して先に行かせ、声の届かない距離まで離れたのを確かめると、綾瀬は三人の方へ向き直った。
「聞いたでしょ、今の。今日子のこと気に入ってるのは、葉月君の方なの。だからヘンな真似しない方が得策よ。葉月君て、自分に近しい人間に手出しする相手には、容赦しないから」
これは全部、タダの勘。
でも、当たっている確率の高さには自信がある。
「余計なお世話かもしれないけど、わざわざ、嫌われるような真似、することないでしょ」
「・・・あの子、何者なの?」
どんな思い違いをしているか、綾瀬はちゃんと分かっていたが、訂正する気など、ある筈がない。
「ああ、だからね、いるでしょ。絶対に、敵に回しちゃいけない人間て」
嘘ではない。
今日子とは仲良しでいる方が楽しいに決まっている。
「わたしだって、今日子と喧嘩なんて絶対ご免よ。始めから負けると分かってる勝負なんて、する気ないもの」
ダメ押しで勘違いに拍車を掛けておく。
でも、これだって、嘘じゃない。
あの優しい今日子が本気で怒ることがあるとしたら、十中八九、こちらに非があるに決まっているのだ。
顔を見合わせて黙り込んでしまった三人を置いて、綾瀬は二人の後を追いかけた。
 
 
 
この、綾瀬の誘導による“明日香今日子、大人しそうな顔して、実は乱暴者”説は、意外なほど長く持った。
明日香今日子と勝負したくないと言い切る綾瀬に、合気道の心得があることが知られたり、悪ふざけをして今日子に一喝された野球部員から、
『マジ、ビビッた』
リアルな報告がなされたからでもある。
そして、もう一つ。
教室に二人で戻り、残っていたクラスメイトの注目を浴びる中、
「葉月君、今日、火曜日だよね」
「ああ」
「お仕事の日じゃないの?」
「・・・・・・・・・」
「もしかして、忘れてた?」
「・・・忘れてない。今から行く」
「ふーん」
「なんだよ」
「何でもないよ」
「ニヤニヤするな」
「気のせいでしょ」
「・・・・・・・・・」
不機嫌な葉月珪に、まるで動じることなく、
「行ってらっしゃい」
にっこりと、わざとらしいほどの笑顔で、ひらひらと手を振る。
ぶすったれていると表現してもいい葉月は、常にないズカズカとした足取りで自分の机に向かうと鞄を取り上げ、また、今日子の前を通って教室を出て行ったが、その通り過ぎざま、
「行ってきます」
低く呟いた言葉は、今日子の他、数人の耳にも届いた。
 
 
 
どう見たって、二人はもう友達。
当の本人達よりも先に、クラスメイトを始めとする学内への認識はずっと早く、浸透していったのである。



- Fin -

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