□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

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卒業後

番外編

高校1年

茜さす 1.


道の真ん中で、片手にスーパーのビニール袋と、紙袋を提げ、明日香今日子が空を見上げて立っていた。
(あいつ・・・・・)
例えば、ここが公園だというなら見過ごせた。
声も掛けず、通り過ぎることも出来た。
けれど、ここは住宅街の公道。車も通る道だった。
「明日香」
呼び掛けると、こちらに気付き、顔の前に翳していた右手を下ろして目を細めた。
「あ、葉月君。こんにちは」
呑気な挨拶に、仕事帰りの疲労が増す。
「おまえ、何やってるんだ。こんなとこで」
近付いて、距離を縮めた。
「空、見てたの。ほら、」
また右手をかざして空を見上げるのに、珪もつられる。
「夕陽と空が黄金(きん)色・・・・・」
落日の強い陽光を放つ黄金色の太陽。
その光に、空も雲も照り映えて眩しく、細めた目を、珪はすぐに今日子へと戻した。
「こんな空をね、前にどこかで見た気がするの。それがどうしても思い出せなくて」
「・・・・・写真、か、ポスターとか」
絵に描いたような夕陽だからと、安直な発想を口にしてみる。
「ううん。やっぱりこんな風に、すごく眩しかった。だから、直接自分の目でだと思う」
むずかしいカオになって、記憶の糸口を探すように空を見つめている。
「・・・シワ、寄ってる」
「そう、シワが、えっ!?」
慌てて顔を押さえ、こちらを見る。
「眉間に縦ジワ」
「ウソっ」
「ホント。それに、」
額に手を当て、もう消えているシワを隠す今日子から、提げている荷物を取り上げる。
「道の真ん中にいるな。危ないだろ」
先に立って歩き出しながら、端へ寄る。
「葉月君、」
すぐに追いかけてきたかと思うと、前に廻り込んで、とおせんぼするように両手を広げる。
「わたし、自分で持つから」
足を止めて、頭一つ分、背の低い今日子を見下ろす。
「家に、帰るんだろ?」
「うん。買い物全部済んだから」
「俺も帰る。だから・・・公園まで」
互いの家への別れ道となる小さな公園。そこまでの短い距離を頭の中で計ったのか、
「じゃあ、お願いします」
ぺこりと頭を下げる。
大げさだな、と珪は思った。
(たかが荷物を持つくらい・・・)
「けっこう重いでしょ?ごめんね」
初めはそれほどと思わなかったが、段々、手にズシリとくる。
何を買えば、こんなに重くなるのか。
「パンを買いに行っただけなんだけど、牛乳買い足しとこうと思ってスーパーに寄ったら、美味しそうな春キャベツがあって、」
その隣りのコーナーで、新玉ねぎ、瑞々しいにんじんと、次々引っ掛り、奥へ行って挽き肉、また戻って、じゃがいも。
「夕飯は絶対、ロールキャベツ、って決めて、あと、じゃがいものタルトにしたとこまでは良かったんだけど」
本来の目的の牛乳に、生クリームも追加してと、どんどんカートに入れていたら、
「予定外に買い過ぎて、こんなに重くなっちゃった。ちょっと失敗」
珪は、食べることに関心が無い。
だから、今日子の熱意はさっぱり理解出来なかったが、一つだけ、分かったことがある。
「おまえ、思いつきで動くだろ」
指摘すると、不自然に目を逸らす。
「・・・今日は、たまたまだもん」
「道の真ん中で、突っ立ってた」
「ちゃんと端歩いてたよ!・・・・・気付いたら、外れてたけど・・・」
「ふーん」
「・・・・・立ち止まってたの、ちょっとの間だけだもの」
抵抗を止めないあたり、まるで自覚がないという訳でもないらしい。
「そういえば葉月君、連休のご予定は?」
ニコッ、と笑顔を向けてくるが、ぎこちない上に、わざとらしいこと、この上ない。
話を逸らそうとしているのが、見え見えだった。
「連休もお仕事みたいな話、聞いたけど、お休みは貰えた?」
(なんだ、知ってたのか)
野球部のマネージャーになった今日子は忙しそうで、そのくせ楽しそうで、もうこっちには関心がないのかと思っていたのに。
「仕事は終わった。明日から休み」
ゴールデンウィークも後半戦の、今日はもう5月3日だが、それでも残りは三連休になる。
「え、じゃあ、もしかして今、お仕事の帰り?」
急に立ち止まって、大きな瞳で見上げてくる。
「ああ」
「ごめんっ」
また慌てて、荷物に手を伸ばしてきた。
「疲れてるのに、こんな重いの持たせて、ああっ、そうだよねっ、忙しいらしいって聞いてたのに。ほんとにごめんね!お疲れさま、お帰りなさい」
「・・・おまえ」
胸に、奇妙な感覚が湧き上がる。
「葉月君?」
腕を引いて、今日子から荷物を遠ざける。
「葉月君、わたし持つから、貸して?」
いいと言っても、聞かなさそうで、
「・・・ほら」
パン屋の、まだ軽い方の手提げ袋を渡した。
今日子は困ったカオで受け取り、俯いて、また顔を上げて行く先の公園の方を見やり、視線を戻すと見上げてくる。
たぶん、これ以上言うのはしつこいかな、とか、あと少しだけだから、お願いした方がいいのかなと、そんな風に考えている。
(俺でもわかる)
「行くぞ」
だから、先に歩き出す。
今日子は付いてくると分かっていたから。
「・・・そんなに、疲れてる訳じゃないんだ」
どう言えば、伝わるんだろう。
「スタジオの中にばかり居たから、気分転換」
少しも苦ではないことが。
「そっかぁ。じゃあね、どこかに気分転換しに行こうよ」
全然、伝わってない。
でも、その提案には心が動いた。
「緑が多いトコがいいよね。行くのに時間が掛からなくて、のんびり出来そうな・・・・・あ、森林公園は?あそこなら広いし、歩いて行けるから混雑も気にしなくていいし」
どうかな?と、やけに嬉しそうに訊いてくる。
(ほんとに変わらないな、おまえ)
『けいくん、あのね、今日はね』
お話の続きをするだけじゃなく、ちいさな今日子にせがまれて、色んなことをして遊んだ。
「別に行っても、構わない」
変わってしまったのは自分だけ。
心にあること一つ、伝えられない。
「ほんと?ありがとう。じゃあ、いつにする?」
「・・・明日がいい」
約束を待つ時間は好きじゃない。
何か予定を入れるなら、早くしてしまいたい身勝手さにも、今日子は笑顔で頷く。
そして、パン屋の手提げから白い紙包みを一つ取り出した。
「はい、これ。荷物持ってもらったお礼」
なんとなく、受け取ってしまう。
「ここのコロッケパン、美味しいんだよ」
得意そうに言うカオを見ていたら、奇妙な感覚は、もっと強くなった。
「これ食べて、夕飯はロールキャベツに、じゃがいものタルトか。おまえ、よく食うな」
考える間もなく、言葉が口からこぼれ出た。
「わたし一人で食べる訳じゃないもん!コロッケパンは尽と半分コするし、ちょうど出来立てだったから、つい買っちゃっただけで・・・・・」
即、反発してきたものの、結局、よく食うことに変わりはなく、行動は、やっぱりその場の思いつき。
否定するほど、指摘されたことを裏付ける結果になる。
「いっぱい家のことするからいいの!荷物貸して」
プンとむくれてしまう。
「だから公園まで、」
「もう着いてるよ」
いつの間に。
見回すと、確かに着いてしまっている。
手を出されて、渡すしかなくなる。
「明日の待ち合わせは何時?」
「時間は・・・」
考えて、午後の時間を指定する。
「じゃあ、公園入り口で待ってるね」
くるりと踵を返して、とっとと歩き出す。
遠ざかる背中に、言うべきことがある筈なのに、もう、何も言葉が出てこない。
探しても、言葉は見つからなくて、あきらめて、自分も家の方に足を向けた時だった。
「葉月君!」
夕陽を受けて眩しいのか、今日子は子供みたいに顔をしかめた。
「また、明日ねっ」
よく通る声で明日の約束を言うと、重い筈の荷物を両手にしながら、駆け出して行った。



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