「掛けてみろよ。そこに葉月の運命の相手がいる」
ビシッと、人差し指をつき付け、
「いいか、掛けろよ!ゼッタイだからなっ」
葉月に向かってタンカを切るや、背を向けて駆け出す。
逃げ出す、と言った方が、正しいかもしれない。
尽はもう、後悔していたから。
最初に目に付いた角を曲がって、やみくもに走り、息が切れたところで足を止める。
両の膝頭を掴み、ハァハァと荒い呼吸を繰り返す。
「大失敗・・・」
呻くように、悔いを吐き出した。
こんな筈ではなかった。
「なんだよ、運命の相手って」
もっと、上手くやれる筈だった。
「ダサダサじゃん」
自然に、無理なく、いい印象を与えるつもりだったのに。
「姉ちゃん、ゴメン。俺、失敗した」
計画は、最初の一歩目でつまづいた。
『俺、明日香尽。葉月のクラスに、明日香今日子っているだろ?そ、俺の姉ちゃんなんだ』
軽く挨拶から入り、
『姉ちゃんさ、この街に越してきたばっかで、まだ全然慣れてなくてさ。ちょっと抜けたとこあるから、弟としちゃ、心配なんだよね』
年に似合わず、大人で気の回る弟が、頼りない姉を心配するというポーズで、
『弟の俺には、姉ちゃんぶって、頼ろうとしないしさ。ま、しっかりしたトコもあるんだけどね』
さりげないアピールも加えつつ、
『姉ちゃんが、なんか学校で困ったことになってたらさ、こっそり俺に教えてくんない?』
葉月の目が姉ちゃんにいくよう、仕向ける。
その上で、
『あ、これ、俺のケータイ番号』
うっかり、間違えて、姉ちゃんの番号を教えてしまう。
そうして、葉月がこの番号に掛けてきた時こそ、二人が個人的に言葉を交わす運命の瞬間。
落ち込んでる姉ちゃんを知ってる葉月は、慰めて、励まさずにはいられない筈。
鈍くさい姉ちゃんのことだから、チャンスはすぐにやって来る!
この完璧なシナリオは、携帯番号のメモを渡す箇所だけを残して、チリと消えた。
これもすべて、葉月が悪い。
「信じらんねぇ。ハンサムとかいう、レベルじゃないじゃん。なんだよ、あの顔」
どういうつもりか自分の前で膝を折り、めったやたらと綺麗な顔を近付け、宝石みたいな緑の瞳でじっとみつめられた。
あれで、用意してきた言葉の何もかもが、吹っ飛んだのだ。
破壊力のある顔、なんて、あるんだろうか。
「あるんだよな。葉月の顔がそうだもんな。そりゃ、モデルにもなるぜ」
道端でしゃがみ込んだまま、ハァ、と落胆の息を吐く。
「完璧な第一候補だと思ったのになぁ」
初手からミスり、尽はすっかり弱気になっていた。
“姉ちゃんに、世界一イイオトコの彼氏を見つける”
これは尽が四つの時、自らに課した命題。
そうする理由は、ただ一つ。
尽は、弟だったから。
仲良しのお友達が引っ越すことになり、寂しがって泣く姉ちゃんに、尽は約束した。
おれは姉ちゃんと “ずっと いっしょにいる” と。
その為の方法として、父さんと母さんのようになればいい、ケッコンすればいいと、幼い尽は短絡的に考えた。
しかし、その決意は、
『尽、おまえは弟だから、姉ちゃんとは結婚出来ない』
ものの数秒で、父によって打ち砕かれた。
世界で一番、イイオトコになる予定の自分が、弟だというだけで姉ちゃんとケッコン出来ないなんて、ひどい話だと思った。
『まぁ、今日子もおまえも、誰とも結婚せず一人でいれば、ずっと一緒にいるハメにもなるだろうが、それは無い。おまえたちは、俺とゆりの子だからな。きっとモテモテだ。父さんはイイオトコだから、モテたんだぞ』
はるか昔の自慢を持ち出してくる父の言うことなど、尽はもう、聞いていなかった。
出会った高校で一年先輩の母にフラレ続け、弟クンとして相手にもされなかったことを、尽はちゃ―んと、知っているのだ。姉ちゃんは可愛くて優しいから、今だってモテモテだけど、尽は、どいつもこいつも気に入らなかった。
俺の代わりに、姉ちゃんとずっといっしょに居て、ゼッタイに泣かせたりしない男。
そいつは、世界で一番、イイオトコでなきゃいけない。
いずれ、二番に蹴落とすとしてもだ。
探して、ふるいに掛けて、ようやく選び出した第一候補。それが、葉月珪。
見てくれや、条件をすべてクリアしただけでなく、こいつだと確信させるものが、葉月にはあったのだ。
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