□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

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卒業後

番外編

番外編

この冬一番の 2.


順調に進む撮影の、残りあと3分の1というところで休憩になった。
この分なら予定通り、昼には終わりそうだと思うと、ほっとする。
「明日香ちゃん、コーヒー飲もうか」
「ここに座るといい。葉月君に付き合って、ずっと立ったままじゃ疲れるぞ」
まったく、これでは誰の為に連れてきたのか分からない。
この休憩でも、今日子はスタッフに囲まれてしまい、近付くことも出来なかった。
完全にプライベートで今日子を伴って来ることなど、久しくなかったせいか、歓迎してくれるのは有り難いが、妙な方向へ盛り上ってしまっている。
「せっかくこの面子が揃ったことだし、撮影も順調なんだ。昼飯は皆で食べに行くのも良くないか?」
横嶋がそんなことを言い出すのは、慌てる反応を見たいが為だから、あえて、知らん顔を決め込む。
高校の頃から長く付き合いのあるこの撮影チームには、今日子に対する独占欲の強さも、邪魔者への心の狭さも、とうに知られてしまっている。
「よし。葉月君にも異論は無しだな」
わかってはいても、勝手な決定に思わず反応してしまえば、
「冗談だ」
待ち構えていたように、シレッとして言い放つ。
「葉月君、横嶋さんはともかく、俺たちがそんな無粋な話に乗る訳ないだろう」
「だよな。ほい、明日香ちゃん。葉月クンのご機嫌直しに持ってったげて」
完全に遊んでいる。
しかも総出で、一丸となって。
「はい、珪」
解かれた囲みから抜け出てきた今日子は、自分も当事者のくせに、笑うのをこらえたカオでいる。
黙って、コーヒーを受け取った。
次いで、空いている片方の手で今日子の腕を掴み、そのまま隣の食堂へと引っ張って行く。
こんなささやかな抵抗にまで、おおっ、とか、やるなぁとか、お持ち帰りにはまだ早いぞと、冷やかしの声が喧やかましく上がる。
「なんか今日、ヘンじゃないか?」
冷やかされたり、からかわれたりするのは以前からだが、もう少し遠慮があったというか、距離を取ってくれていたように思うのだが。
「みんな、楽しんじゃってるから」
今日子がクスリと笑って続ける。
「珪が色んなカオ見せてくれるの、みんな楽しくて仕方がないんだと思う」
顔に出るようになったとは、確かにこの頃よく言われる。
自分では意識していないから実感が沸かないのだが、姫条曰く、たとえ、ちっさい変化でも、ゼロもしくはマイナスがプラスに転じた差は大きいやろ、ということらしい。
「俺、そんなに顔に出てるか?」
「うん。前よりずっとね」
「・・・・・・・・・」
表れる変化を言うなら、それは今日子の方だと思う。
あんまり綺麗に微笑(わら)うから、時々、幻でなく花びらが舞っているような錯覚さえ覚える。
これをつい、楠本に洩らしたら、額に手を当て、嘆息してみせ、処置なしと言いたげに首を振られた。
重症なことぐらい指摘されなくても分かっているのに、まったく失礼なヤツだった。
「葉月君、お邪魔して申し訳ないんだけど、ちょっといい?」
本宮が呼びに来た。
今行きますと答えてから、今日子の方に向き直る。
「もう少しだからな。予定どおり終わったら、昼はおまえが行きたがってたシチューの美味い店に行こう」
冗談の誘いが本当にならないうちに、約束しておく。
お人好しの今日子が、うっかり断れない破目に陥る前に、予防線は張っておくべきだった。
「うん、楽しみにしてるね。あと、わたしも食べたいものがあるから」
「そうだな。あったかいもの、腹に入れたいよな」
「あ・・・そう、だよね。あと少し、頑張って」
この時の間に、気付いてはいた。
浮かんだ微妙な表情にも。
けれど、
「葉月君、」
また呼ばれてしまったから、気に掛かりはしても、その場は踵を返すしかなかった。



『明日香ちゃん、またいつでも遠慮なしにおいでよ』
『むしろ、毎回来てくれていい。その方が俺たちも、葉月君のテンションも上がるしな』
飽きもせず、からかわれても、今日子はニコニコ応対していたが、珪の方は仕事とプライベートは分けようと、今更な決意を固めていた。
この経験は次に生かすとして、午後は当初の予定どおり、二人だけでゆっくり過ごしたい。
まずは今日子が楽しみにしているらしい何かを、一緒に食べるのもいいよなと、楽しく計画を巡らせながら私服に着替え、コートを手に階下(した)へ下りる。
たぶん、片付けをしているスタッフの誰かに捕まっているだろうと思ったのだが、今日子の姿がどこにもない。
部屋の中を見回していると、
「明日香ちゃんは本宮さんたちと一緒だよ」
横嶋が気付いて教えてくれた。
「ここのティールームで人気の、薔薇のソフトクリームを買って来るってさ。女性陣は元気だねぇ」
はは、と横嶋は笑っているが、正気の沙汰とは思えない。
風こそ止んできているが、朝から殆んど気温が上がっていないらしい極寒の日に、よりによってソフトクリームとは。
「おー、戻ってきた、戻ってきた」
窓の近くに居たスタッフが、見ているだけで寒いと身震いする。
間もなく、楽しげな笑い声と共に、寒かった!凍りつきそう!と言い合いながら、今日子と本宮たちが部屋に入ってきた。
「あ、珪、おつかれさま!」
頬も、鼻の頭も赤くして、小走りにこちらへと来る。
「・・・おまえ、寒くないのか?」
「寒いよ?外ね、凍るかと思っちゃった」
片手にアイスを持って言う台詞なんだろうか。
「美味しそうでしょ。珪、ちょっとだけ食べてみる?」
「やめとく」
考えなしに言ってしまってから、あ、と気付く。
「そうだよね。珪、寒い時に冷たいものなんて、食べないものね」
さっきの間は、これだったのだ。
「明日香ちゃんね、去年からずっとここに来て、薔薇のソフトクリーム食べたかったんですって」
「・・・去年から?」
「美咲が氷室先生に連れてきてもらって、すごく良かったって話してくれたから、来てみたかったの。でも、中々ここまで来れる機会もないでしょ」
いただきまーすと嬉しそうに、薔薇色、というよりは単にピンク色のアイスのてっぺんを、ちょっとなめる。
「美味し」
うれしそうなカオを前にして、珪は内心複雑だった。
たぶん今日子は、雪が降ってもおかしくないような陽気に、アイスを食べようと言ってものらないだろうと、付き合わせたら悪いよねと、口に出す前にあきらめてしまったのだ。
行ってみたい場所があっても、思うまま望んだりはしないように。
それはいかにも今日子らしい思いやりの示し方だったけれど、こうやって気付けないまま、仕舞われていく望みがどれだけあるんだろうと思うと、寂しくなる。
今朝は、そんな望みを叶えられたと思ったから余計に。
「珪も後で、あったかいの一緒に食べようね」
それにしても、しつこいようだが、ほんっとに、嬉しそうだ。
「・・・ここに来た今日のおまえの目当て、まるで、そのソフトクリームみたいだな」
違うのは百も承知だから言えることなのだが、キョトン、とした今日子は、
「うーん、どうなのかな」
むずかしいカオで考え込んでみせる。
(ワザとか)
それならそれで、こちらもノッてやろうという悪戯心が起きる。
「俺も味見する」
「え、でもわたし、口つけちゃったけど」
「構わない」
右手首をがっちり捉えて固定し、顔を近付ける。
そして、
「珪っ、ちょっと、」
コーンの上にあるアイス全部、噛み取る要領で口の中に納めた。
即、背中を向け、ごちそうさんの代わりに手を一振りし、隣の食堂へと退散する。
「・・・・・・どうして・・・どうしてこういうイジワルするの !? 珪 !!」
怒り心頭の今日子の声が飛んでくるが、報いならもう受けている。
頭に響くほど冷たい。
舌を凍らせるカタマリは中々飲み下せず、口内を占領している。
「葉月君」
しゃがみ込んで耐えている背後に、横嶋がやって来た。
「言いたかないけど、小学生レベルのイジワルだよ、これ」
反論する気はないが、舌も回らない。
思いつきで行動する今日子のクセが、いつの間にか伝染(うつ)ってしまったようだった。



わりとすぐに機嫌を直してくれる今日子が、目を合わせてくれない。
唇を引き結んでプイと顔を背け、外へ出て行ってしまう。
食べ物の恨みはコワイわよぉと、本宮が脅かすからではないが、急いで後を追った。
「今日子、」
呼びかけても無反応。
悪ノリしたのは確かだが、そんなに怒らなくてもいいだろ、と思う。
「・・・俺にも食べないかって、訊いたじゃないか」
愚痴めいた独り言に、勢いよく振り返った。
「わたしが怒ってるのは!珪が欲しくもないのにイジワルだけで食べちゃったからでしょ!」
ここで、怒ってるカオも可愛い、などと考えていることが知れたら、せっかくの午後が台無しになってしまう。
「もう、しない」
「予想外に冷たかったものね」
見抜かれている。
「ごめんなさいは?」 
この台詞が出たら、さっさと謝ってしまうのが一番だと、教えてくれたのは尽だったろうか。
「ごめん」
怒ったカオがともかくも、仕方がないという表情に変わるのを待つ。
「ここの洋館、薔薇が綺麗に咲くんだろ?その頃また来よう」
とりあえず丸く治めるのが先決なのだと、有効策を幾つも示してくれたのは奨さんだ。
「アイスだって、おまえが欲しいだけ奢ってやる」
「・・・珪も、一緒に食べてくれる?」
「食べる」
真冬でなければ幾らでも。
「じゃあ、今日のお昼もお茶も、珪の奢りね」
「わかった」
その“じゃあ”は、一体どこから繋がってるんだ?なんて疑問は、今はどうでもいい。
近付いて、腕の中に抱き寄せて、機嫌が直っているかを確かめる。
「ほんと珪って、時々、子供みたいなんだから」
まだちょっぴり、ご機嫌斜めな唇にくちづける。
「冷たくなってる」
「・・・珪だって」
「あったかくするか?」
俯く頬を捉え、もう一度、あたためる為に唇を重ねた。



「いいねぇ、若いってのは」
「コートも着ないで、よく寒くないもんだ」
「にしても、葉月君のガードは脇が甘いな。やっぱ、俺らがちゃんと見ててやらんと」
窓から丸見えの、過程はどうあれ、とても絵になるラブシーンは、この冬一番のさむくて熱い痴話喧嘩として格好のネタにされるとも知らず、まだ、続いていた。



- Fin -

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