□■わびさび亭■□GS

登場人物

高校1年生

高校2年生

高校3年生

卒業後

番外編

番外編

千の言葉でも


「あいつ、ちゃんと寝たかな」
デザイン画をチェックする手を止めて、時計を見る。
今日子をベッドに追いやったのは、1時間ほど前。
もう休んだ方がいいという言葉を、やけに素直に受け入れたのが、珪の気に掛かっていた。
病気じゃないんだから、普通に生活させてよと主張する今日子と、聞く耳を持たない珪の際限のないやりとりは、すっかり痴話喧嘩の扱いで、仲間内の笑えるネタにされている。
もっとも、どう、からかわれようと、珪は一向に応えなかった。
仕事を絡めた方が、カンタンに一緒に旅行へと行ける。
ゆっくりと二人の時間を持とうと思えば、その前が倍に忙しくなる。
こんなことになるとは思わなかった婚約期間を乗り越え、ようやく手にした、朝も夜も共に迎えられる生活。
それを、守りたかった。
今日子も同じように強い気持ちでいてくれる筈なのに、近頃、どうも協力的じゃない。
『そら、しょうがないやろ』
比較的、こちらサイドだった友人までが、
『ジブンの言うこと全部守っとったら、今日子ちゃん、一歩も家から出られへんようになるわ』
中立の立ち位置へと移行しつつある。
(友達甲斐のないヤツ)
完全に手が止まってしまった珪は、椅子を引いて立ち、部屋を出て階段を上った。
中二階の自室を工房に作り変え、仕事場=イコール自宅という夢の環境を手に入れたおかげで、ウチへの距離は上へも下へも、階段半階分。
オフィスは勿論、外に設けてあるが、滞在時間が長いのは明らかに自宅工房の方だった。
今日子が眠っているのを前提に、扉を静かに開く。
部屋の灯りは当然消えていて、静まってもいたけれど、なんとなく、珪は違和感を覚えた。
二人で使っても充分に広い部屋の、中ほどにある大きなベッド。
近付くと、手前側の、不自然に丸まった膨らみが目に入った。
サイドテーブルのランプの明かりをつける。
掛け布団は捲めくれたまま。
薄い毛布を頭から被って潜り込んでいる。
珪の知る限り、今日子の寝相はここまで酷くない。
よほど慌てたのか、ベッドの背にクッションとしてあてがっていた様子の羽根枕はずり落ちかけて、隠したつもりの証拠の品も端っこが見えている。
「ちゃんと、身体を伸ばして横になれ」
その丸いカタマリは、寝ているフリを装おうとしたらしいが、じっと見ているとやがて、もぞもぞと寝相を直した。
「頭も出せ。そんなんじゃ息が詰まる」
今度は、待っていても動こうとしない。
こんなことで根比べをする気はなかったから、ベッドの端に腰掛けると、毛布をめくった。
長く伸ばした髪を束ねたリボンも、解けかかっている。
結び直すためにそれを解いてしまっても、まだ背を向けたまま、こちらを見ようとしない。
「身体に負担が掛かるようなことはしないって、約束したよな」
乱れた髪を撫でるように指で梳く。
何度も繰り返すうち、今日子は観念したように寝返りを打って、こちらに向き直った。
「・・・怒ってる?」
横になったまま、見上げてくる顔にかかる髪を優しく払う。
その仕草は、少しも怒ってなどいないことを告げていたが、
「隠れることないだろ」
声はわざと不機嫌に低いままで、眉もひそめてみせた。
「それに、」
空いている左手で、枕の下の証拠品を引き出す。
「あっ、それ」
「いい加減、あきらめろ」
起き上がって今日子が取り返そうとしたのは、クローバー柄のファイル。
これに綴じてあるのは、珪の好む料理のレシピばかりだから、何を企んでいたのかは明白だった。
「明日のパーティーは全部、尽に任せる。おまえは大人しく座ってる。それが中止にしない条件だったよな?」
「それは、そうだけど・・・」
語尾が濁る。納得をしていない。
(だからな、姫条、過保護なくらいで丁度いいんだ)
心の中で、改めて友人に反論した。
「ね、珪、お願い。ちょっとだけ。一つか二つ、お料理して手伝うくらい、してもいいでしょ」
「ダメだ」
思案の間もなく、珪は撥ねつけた。
たとえ一品だけだとしても、何人分作ることになると思っているのか。
当初、普通の身体ではない今日子を気遣い、遠慮していた面々も、当の本人から、久しぶりだし会いたいから是非来てと誘われて、今夜の時点で出席確実な者だけでも、既に15名を越えている。
「お願い、珪。絶対に無理しないから」
胸の前で手を組み、おねだりされても、
「ダメなものはダメだ」
ひとたび許そうものなら、ちょっとでは済まなくなる。
一度に3か所へ現れるくらいの勢いで、くるくる動き回るに決まっている。
「お願い! ・・・あなた」
小さく付け加えた側から赤くなる今日子を前に、珪が動揺を隠せたのは、モデル稼業の賜物だった。
ついに辞め損なったこの仕事が役に立つ。
何事も続けていれば、それなりに得るものはあるのだと、しかめつらしい思考へ逃げることで珪は耐えた。
「ダメだって、言ってるだろ」
さっきより、言い切る力が弱い。
「わたしだけ、なんにもお祝いの準備出来ないなんてイヤなの。だって・・・珪の奥さんになって、初めてのお誕生日祝いなのに」
グラグラきているのは、もう隠せていないだろう。それでも、
「中止で、いいんだな?」
珪は踏み止まった。
尚も今日子は言い募ろうとしたが、曲げる気のない信念を前に、開きかけた口を閉じるとシュンとして俯いた。
「・・・わかった。今年はあきらめる」
助かったと、珪は思った。
おまえの好きにしていいと言ってやりたくて仕方がない自分と、ポーカーフェイスの下で死闘を繰り広げていたからだ。
「来年、この子たちと一緒にお祝いする」
両手をそっと、愛しむように、ふくらみに重ねる。
それはたぶん、かつてない威力を持った一撃で、
「“とうさま”は、ホントに頑固で心配性なんだから。早く生まれてきて、“かあさま”の味方をしてね」
無意識に繰り出される攻撃に、珪の劣勢は明らかだったが、今日子はそれに気付かない。
落ちかけている枕を直し、毛布を伸ばして、掛け布団を引き寄せる。
明日はどうしたって夜更かしになるのだから、その分、今夜は早く休めと、23時にもならないうちにベッドに追いやられた時、たくらみを思いついた。
サプライズで押し切っちゃえば、パーティーのノリと友人たちの加勢でどうにかなるだろうと楽しく画策していたのに、まさか寝ているかどうか様子を見に来るとは思わなかった。
来年の春まで、この過保護な日々は続くのだろうけれど、いつか、とうさまはこんな風に待っていたのよと、お話してあげるのも楽しいかもしれない。
そのためにも、今夜は休もうと横になりかけ、ふと目に入った時計の針が示す時刻に今日子は飛び起きた。
「珪、早く目をつむって!」
ひどく嬉しそうに言うのに、今度は何だと珪は身構えた。
「目をつむるのは、おまえの方だろ」
「いいから早く!」
あと1分もなくて、今日子は焦った。
「ひとつくらいお願い聞いてよ」
「・・・しょうがないな」
まっすぐに見つめてくる瞳から、逃れる為に目を閉じる。
「ほら、つむったぞ。いつまでこうしてればいいん」
やわらかく、重なるぬくもり。
伝えられる深い想い。
永遠にも似た数秒の後、離れていく温度を惜しむように珪は目を開けた。
「お誕生日おめでとう、珪」
見ていられるだけで幸せだと感じる笑顔は、手を伸ばせば、そのあたたかさに触れられる。
生まれてきたことの祝福は、もうずっと、この笑顔に出逢えた時から貰っている。
心に溢れる気持ちは、千の言葉にしてもきっと足りない。
だから、抱きしめる。
もう一度、想いを伝え合って、
「サンキュ」
そう、ひとこと囁いた。


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